書店員座談会 文芸担当者は今年の課題図書ということで! /今井麻夕美、勝間準、辻内千織
†この本との出会い
今井麻夕美 今年の太宰賞受賞作はすごいという話を聞いて、読み始めました。主人公サリマが仕事に馴染み、英語学校に入ったあたりからひきこまれ、物語後半は読んでるあいだじゅう、ずっと涙目でした。言葉にならない感動が押し寄せて、それを伝えたい気持ちから、ツイッターに書込みしたんです。そうしたら他社の書店員さんたちからいっぱい反応があって。自然発生的に「何かやろう!」という流れになりました。それが、勝間さん・辻内さん・西ヶ谷由佳さん(啓文堂書店三鷹店)との共同の、店頭用のパンフレット作成につながりました。
勝間準 ムックが出て、朝日新聞の書評が出たあたりから問合せが多くなり、店頭から在庫がなくなってしまいました。電話がかかってきて取り置きになり、どんどん買われていくみたいな。こんなことは初めてで。そこに今井さんのツイッター書込みがあったので、すぐレスをしました。
辻内千織 読んでみて「キタ――!」と思いましたね。翻訳小説をずっと読んできたんですけど、日本人にこれが書ける日がついに来たかと。そこにちょうど今井さんのツイッターを見たので、レスをしたんです。
今井 ムックに載っている選考委員の選評も良かったです。三浦しをんさんのも面白かったし、小川洋子さんの「沈黙の沼の底でおどおどと怯えながら、一つ一つ言葉を握り締め、(中略)光の射す方向へと浮上してゆくサリマの姿は、まるで初めて言語を獲得した最初の人間のようだ」は、そのまま小川作品のようで、グッときました。
辻内 雰囲気が外国文学っぽいですよね。最近の外国小説はビジュアルを工夫したものが増えていて、この作品も、手紙の部分は字体が変わったりとか、似た雰囲気でいいなあと感じました。
今井 英文Eメールが二回だけ突然でてきますが、現地に住んでいる感じが出ていて、よいと思いました。
勝間 英語が分からなくても、すぐ続きで分かるようになってますしね。中高生の読書感想文の課題にしたら面白そうですよ。言葉が通じないという状態で生きていく困難さを感じる子、アフリカという部分に興味を持つ子、めいめい違った点に注目しそう。
今井 中高生に読ませたら、「言葉」というものに対する最初の自覚が生まれるかもしれませんね。客観的に言葉を見てみるきっかけになると嬉しいですよね。言葉って獲得するものなのか、とか。
辻内 若い人には、日本人女性の登場人物サユリが「言葉は生きる武器だ」ということを言っているところとか、響くと思います。難民や移民という問題にも、関心が広がっていきそうですね。それにサリマのプリミティブな力強さには、絶対心が動くだろうなと。
勝間 サリマの子供が変わっていくのが感動的でしたね。最初は言葉のできない母親を馬鹿にしていて、読んでてとても切ないのに、子供がだんだん変わっていく。
辻内 下の子どもがサリマのもとに残ってくれたシーンに、「改めて(略)息子として授った」という表現があって、うまい! って思いました。
†一番感動したシーン
今井 これまで何回か読んでいて、読むごとに感動ポイントは変わってきました。最初読んだときは、サリマが息子の友達の母親たちに、片言の言葉で溶け込もうと努力する場面。昨日また読んだときは、サユリに次女が誕生したところに感動しました。いろんな国からきた女性たちが病室に集まって、次女を覗き込んでいる風景に、崇高だなあ、と。
勝間 やっぱり、サリマが自力で書いた作文シーンにはグッときました。彼女は故国で家族も亡くして流れてきたのに、さらに流れてきた国で子供たちまで取られようとしている訳ですよ。自分だったら立ち直れない(笑)。それから、サリマがパスタのゆで方説明書が読めるようになったシーンがあって、そこは感動しました。よくあるじゃないですか、外国のお土産もらって説明書きが読めないこと。それが読めるって、カッコいい! って。
辻内 私が感動したのは「イタンジなんて言いがかりを、あたしは認めない」っていうサリマとサユリの意思表明の部分。それから語学学校の友達でオリーブというおばさんがいるんですが、彼女の生き方は、サリマやサユリのような個人の自立を追求するのとは違う。そういう女性の生き方も提示してみせたことは、作品に幅を持たせたと思います。
†二つの言語、そしてジレンマ
辻内 やっぱり日本語でしか書けなかったっていうラストは感動的でした。私は学生時代にすごく英語を勉強しまして、日本語と同じように話せるようになった時期があった。でもその後まったくしゃべらなくなってしまって、あるとき久しぶりに話したら、自分が日本語から英語に訳しているのに気づいたんです。しかも、それが嬉しかった。そのときの「自分の母語は日本語なんだ」という喜びを思い出しました。
今井 サユリもどうしても日本語でしか書けないって気づくんですよね。
辻内 大切なこと、自分の気持ちを書こうとしたら日本語でしか書けないんですよね。中学生なんかもそういう自分たちの良さに気づくかも。
今井 アイデンティティが生まれるというかね。一方でサユリは自分の言葉で書くのは怖いと言っている訳だけど。ジレンマですよね。結局は日本語に戻っていくという。そして、この小説はメタ構造になっているからこそ、サユリの物語でもあったと気づく仕組みになっていて。
辻内 すごいなあ、作家って!
今井 しかも、この作品のメッセージとサリマのキャラクターと文体とが合致しているんですよね。ゴツゴツしていて。ほとんど奇跡のバランス。
辻内 作品自身が、作中でサリマが綴る作文みたい。小説自体の文章は明らかに巧いんだけど、素朴な力強さがある。
†書店員としてのアピールどころ
今井 店頭では、やっぱりアイデンティティの問題を扱った本として押し出したいですね。だからといって観念的な難しい本ではなくて、生きることに根ざした本なのです。異国だから、生きることに自覚的。そうでないと生きていけないから。
辻内 日本にいると、外国文学を読んでいても、自分を白人側、マジョリティの側に置いて、読んでいる、それがこの本では完全に逆転した。マイノリティなんだって。しかし最終的には、サユリがそれを肯定的にとらえているのがいいんです。狭い島国に住んでいると見えないところですけれど。
今井 サリマじゃないけど、どうしたらこの素晴らしさが伝わるだろう……。「前を向いて歩いていくすがすがしさにやられました」とか? 孤独な状況のなかで、つながっていく、孤独からドアを開けていく、言葉を獲得していく段階でひとと繋がっていく、というのも素晴らしいと思いました。
勝間 それをどうアピールするか。ポップに書く文章は長いと無理だから難しいけれど……。
今井 パンフレットを作ったのも、熱意がありあまって、できるだけ多くの人に知ってもらいたい、これは売らないと、と思ったからですね。
勝間 文芸担当者の人は、今年の課題図書ということで!
辻内 読み終わった人と語り合いたいです!(2013年9月9日)
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