暗雲と光芒/本田由紀

 自分の仕事のための情報収集と、その情報を「よかったら他の方々もお使いください」という気持ちと、遠く離れたところに住んでいる老親に私が何とか元気に暮らしていることを日々伝えるために、ここ数年、ツイッターをやっている。自分のツイッターアカウントを開くと、愛用しているノートパソコンの画面に、断片的で互いに脈絡のないような短い情報が次々に現れる。もちろんリンクがついている場合にはより詳しい情報を手繰ることができるが、ツイッターの内部だけで見れば、最大一四〇字の多様な小片が時系列でパッチワーク状になっている。
 そのようなアーキテクチャによって増幅されている面はあるかもしれないが、この原稿を書いている二〇一四年九月某日の私のタイムラインは、まさに、「もじれる社会」(もじれる=もつれる+こじれる)の混沌が凝縮されたような様相を呈している。
 一方には、政権の中枢がヘイトスピーカーと癒着していることを暴く報道、慰安婦や捕鯨の問題について国際社会の見方からは大きくズレる国内の反応、根深い女性差別についての記事、惨い事件のニュース、自分と異なる意見のツイートへの粘着的なディス(悪口)が、暗いオーラとともに漂ってくる。
 他方には、貧困や悪質な働かせ方に苦しむ人々を支援する団体の活動報告、アンチヘイトデモの告知、優れた内容の書籍・論文・報告書などの情報、ほっとするような動物や風景や食べ物の写真、気の利いたジョークなどが、明るい彩りを伴って流れ込んでくる。こうした明暗のせめぎあいの中でもみくちゃにされながら、今、私たちは生きている。
 この社会の中の暗いオーラは、数年前よりもずっと色濃くなっているように思う。よもやここまでと思うほどの、醜く残酷な言葉やふるまいが、少し周りを見回せばいくらでも目に入る。私が「戦後日本型循環モデル」と呼ぶ、これまでのこの社会のあり方ではもうもたないのであり、これまで当然とされてきた生き方や感じ方を底から変えていかなければならない時期にとっくに達しているのだが、そういう事態を直視せず、身勝手に思い描く「ワレワレの考えるサイキョウの世の中」――それは実際には不合理・不正義以外のなにものでもないのだが――を垂れ流す人々が続々と現れている。しかもそういう人々は互いにねっとりと結びつきあい、一定の勢力となり始めている。それを知るにつけ、ひどく気が滅入る。この社会が、破滅への道をまっすぐにたどっているように感じられておそろしくなる。
 ひとしきりおそろしくなった後で、「いや」、と思う。「いや、まだまだ終わらんよ」、と。不合理や不正義は、まさにそれが不合理や不正義であるということそのものを理由として、長くは続かない。そんなものに気を取られすぎて気を滅入らせている暇があるのなら、社会のモデルを組み替えるための具体的な構想や提案にエネルギーを注いだほうが良い。
 事実、たとえばツイッターという小さな窓から見える限りでも、合理と正義を目指して動き回っている人たちはたくさんいる。そして、明暗のうちの明の動きを加速するためには、現状の何がどう「もじれて」しまっているのかを、まず解きほぐす必要がある。しかも、個別の「もじれ」は無数にあるが、まず全体をざっくりと把握し、方向性を見定めてから、個々の具体的な「もじれ」への対処に取り組むほうが良い。そうでないと場当たり的で、相互に矛盾する改革にもなりかねないからだ。
 このような考えから、『もじれる社会』には、日本社会についての私なりの認識と展望をつづった論考を集めた。ええ、この程度の解剖や提案では、まだ全然足りないかもしれない。でも、まずはこの本で示した認識に基づいて、さらにその先へと歩みを進めてゆこうと思う。垂れ込める雲から差し込む光芒が、少しずつ増えて暗雲を払ってゆきますように、その光の細い一本にはなりますように、という願いを込めて。
(ほんだ・ゆき 東京大学大学院教育学研究科教授)

ちくま新書
もじれる社会――戦後日本型循環モデルを超えて
本田由紀著820円+税

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