新書デヴュー。/難波功士

 大学を卒業して広告代理店に入り、肩書にコピーライターとある名刺をもらい約九年を過ごした。
 その間、大学院に寄り道などした関係上、いきなり修士論文や学会誌投稿論文を書くことにもなったが、コピーライターの素養として「文体模写」の技能は身につけていたので、それでなんとかしのぐことはできた。その後、大学に職を得て、選書一冊と学術書二冊を出したが、それらも「研究者の鎧」を着けて書いてきた。私個人は、あとがきあたりに顔を出すくらいにとどめた。読者も、そんなもの求めてはいないだろうから。
 だが、そうした文体にも少し飽きていたところに、今回新書の話をいただき、少し違う書き方をしてみたい気にもなってきた。では、学者(とその予備軍)向けではない書き手として、自分に何が可能なのだろうか。もちろん、コピーライターには戻れない。今でも東京コピーライターズクラブというところに籍を残しているので、そう名乗っても詐称とはならないだろうが、あまりにブランクが大きすぎる。
 最近、夜中にいきなりゼミの学生たちから、学園祭に「ポテトチーズもち」の模擬店を出すので、店頭の看板に書くフレーズを考えてくださいとのメールが来た。若い人たちの「即レスの常識」にいちおう従っとこうかと、しばし考えて「あの〇△□◇がこねてます。」と送っておいた。〇△□◇は、あるゼミ生の姓名。実際はフードプロセッサーがまぜているにせよ、「□◇がジャガイモとチーズこねたんなら、食べたくなる人もいるかもなぁ、あはははぁ~」と、ゼミ生皆と〇△を知る人たちが納得・了解できそうなキャラクターというか、ポジションを築きあげている学生である。そのかいもあってか、模擬店の売り上げはけっこうな額になったようだ。要するに私はもう、そうした内輪ウケしか思いつけないのである。
 いろいろ考えてみたが、新書といっても「ちくま新書」であることだし、妙に文章をやわらかくすることに腐心しても仕方ない気もしてきた。大学入試で言うところの論説文口調が、やはり順当だろう。だが今回は、少々ウザがられようが、もう少し自分自身を本文中に織り込んでみようと考えた。学者たちよりも一般読者との共有部分を増やしたいという目論見とともに、人生も折り返し地点に差しかかり、自らの痕跡をこの世に残したがる年齢に達したという個人的事情からの選択だった。
 論じる対象は、雑誌。なかでも、創刊号。
 メディア研究者としての私以上に、創刊号コレクター(好事家、マニア)としての私、長年にわたる雑誌読者としての私を挿入してみた。また、編集者や出版社社員のあり方への言及も多いことから、会社員から大学教員へと鞍替えしつつも、サラリーマン(サラリー・パーソン)として生きてきた、職業人ないし労働者としての私も顔を出している。
 どこまでその戦略が奏功しているかは、読者の判断を待つしかないが、研究者の鎧を脱いでみる経験は、あらためて自分が何者であるかを問い直す機会にはなった。就職活動中の大学生じゃあるまいし……、と我ながら思いながらも。結局は、どの自分も本当の自分じゃないの~、という非常にいい加減な答えしか出ないことは、目に見えているにしても。
 ま、最後の最後に、前著同様あとがきの末尾でしゃしゃり出てくる「男女の双子の父としての自分」というのが、今現在の私のもっとも核心であるのだろう。
 今回、取り扱ったのは若者向けのファッション誌ないしライフスタイル誌が中心であり、ギャル誌『Happie nuts』とキャバ(クラ)嬢系『小悪魔ageha』とから派生したギャルママ御用達誌『ママナッツアゲハ』(インフォレスト)も、直近の創刊誌として取り上げている。ふだんは新書を手にすることは少ないかもしれないが、頭を盛り、目を巨大化させたママたちにも、同じくチビコ(しかも×2)にふりまわされている著者へのシンパシーから、拙著をお買い上げいただけないものだろうか。
 そうすれば、四日間で三千食出たというポテトチーズもちくらいには売れてくれそうな気がする。
(なんば・こうじ 社会学者)

『創刊の社会史』
難波功士
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