イメージ論を経巡る・3 イメージ論の「折衝」と平滑空間/石岡良治


 近年のイメージ論を経巡ることで改めて気付かされるのは、今なおE・H・ゴンブリッチの著作群が重要な結節点のひとつであるという事実だ。例えばJ・J・ギブソンとの共同作業は認知科学的アプローチの起点とみることができるし、またカール・ポパー的な「反証主義」に基づく複雑な理論装置への懐疑からは、読者によっては雑駁に「フレンチセオリー」とみなされた二〇世紀の諸動向を「やり直す」動機を導き出すかもしれない。そもそもゴンブリッチ自身が、美術史学におけるウィーン学派の諸動向を批判的に検討しつつ、二〇世紀中葉におけるドイツ語圏と英語圏の学問世界の結節点を体現していた存在であり、ナチス政権成立後の亡命がもたらした作用を見極める作業は今後も続くだろう。
 筆者が特に興味を惹かれるのは、ポパーとは異なりゴンブリッチが精神分析理論を完全には退けておらず、そしてエルンスト・クリスやアビ・ヴァールブルクなどの著作の晦渋な側面と「折衝」している側面である。近年のイメージ論は、ゴンブリッチとは別の仕方で過去の諸理論と「折衝」しつつ、同時に研究対象となる「作品」や「史料」の画定をもやり直している。「(画)像と崇拝」から美術史をトータルに検討するハンス・ベルティンク『イメージ人類学』(仲間裕子訳、平凡社、二〇一四年)はその好例だ。
 すでに見たように、イメージを「図と地」の関係から把握しようとするとき、装飾文様やモアレ縞、そしてルイス・ウェインの「サイケデリック」なネコなどは臨界的な事例になる。画面のフィールドそのものが際立つ「オールオーバー」な経験。だがしかし、この形容が用いられるジャクソン・ポロックの絵画に人体などの「形象」がしばしば描き込まれている事実は、ルイス・ウェインのネコとは様態が異なるとはいえ、深淵の経験が「対象」へと再び送り返される事態を示している。もちろん、雲などを見つめているときに顔などの任意のイメージが「投影」される経験とは異なり、実際の描線がいかなる「対象」を形成するのかを検討することが、抽象絵画では問われることになる。
 こうした事態を深淵と対象の往還ではなく「空間の形成」から問う試みを、ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ『千のプラトー』(宇野邦一他訳、河出文庫、二〇一〇年)の「14 一四四〇年――平滑と条理」にみることができる。冒頭にはキルティングのイメージが現れ、「遊牧民と定住民」の対比を文字通りパッチワークのように編みこんでいくスタイルは、共同著作に特有の紆余曲折を含む。典拠となる諸理論の圧縮によって得られた「モデル」は、「遊牧民による平滑空間」と「古代帝国以来の条理空間」という二元性を展開しているが、ここにはドゥルーズ単著とは異なる「折衝」があるのだ。「リーグル、ヴォリンガー、マルディネのすぐれた分析もわれわれには曖昧に見える」という指摘からは、チェスを条理空間、囲碁を平滑空間に割り振るゲームのモデルが導かれた。ここからは、各自がプレイヤーとしてさらにイメージ論を経巡りつつ、新たに様々な「折衝」を見出していく作業が課せられるはずだ。

(いしおか・よしはる 表象文化論)

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