人間の営みへの熱い目差し/久保田展弘
竹細工、追い込み漁、鍛冶、狩猟といった、それ自体が文化財といっていい伝統的な生業の現場を身を挺して尋ね歩く著者の足跡は、原アジアともいうべき、人と自然とが濃密な関係にある地にのこされてゆく。
たとえば伝統的な漁法を沖縄から台湾、ポリネシア、ボルネオ、さらにニュージーランド、ニューカレドニア、サイパン、フィリピンにさぐり、みずから海に潜る。
しかも、その行く先々で目にする生業に人生をゆだねた人と仕草、魚などが色鮮やかなイラストに仕立てられ文中を飾るから、読者はその都度、臨場感にひたることになるだろう。
だが文中、圧巻なのは「出雲のたたら製鉄」を執拗にさぐる著者の目差しだろう。
金物・鍛冶屋の町新潟県三条市の生まれという著者自身、子どもの頃から鍛冶屋に強い憧れをもっていた。現に三十余年になる山暮らしの間、必要なものは自分で作ることを信条としてきた著者は、手づくりの丸太小屋で家具づくり、彫刻をなし、溶接など鍛冶仕事も本格的にやっているという。
その「たたら製鉄」の現場に目を見張り、火を自在に操り、鉄器を生みだす男たちの姿を前に「人間が人間の精神を鍛え上げ、仕事に合った体を作る」事実に神の所業をさえ感じとるのである。
すでに宮崎県西臼杵郡日之影町の「深い峡谷のどん底に幽閉されたような」山里で七十年の余、竹細工に打ち込んできた職人の手になる竹籠に、人が使う道具としての風格と、極限の美を見ていた。その著者が出雲で、世界最高純度という出雲独特の玉鋼を前に、日本独自の様式美を見るのだ。しかも激しい生命活動といっていいそこに、火を中心とした自然界の信仰的観念の暗示をさえ見る。
さらに三千年をさかのぼって、鉄と人との出会いに思いを馳せ、同時に記紀神話から須佐之男命をイメージしながら、その背後に古代新羅を見、出雲・新羅を結ぶ古代文化の伝承をとらえようとする。
そして同時に製鉄の流れに鉱山師と修験山伏の交錯をも指摘するのである。文中を飾る多くのイラストの中でも、強烈な光と熱を目の前にした、四日間におよぶ男たちの操業を力強く描いたひと齣ひと齣は、まさに日本の伝統的な生業・技を映して、それ自体が「たたら製鉄」の絵巻に等しい。
いったい「野だたら」炉の炎の表情(炎相)を八十種くらいまで見分ける刀匠の目とは何なのだろうか。そしてもし、人間のこうした感覚が失われたとき、そこに生まれる文化とは何なのかという思いに襲われる。
さらに山とともに生きてきた猟師を宮崎県日向の山峡の村に訪ね、そこで焼畑と狩猟で暮らしを立ててきた山人の、山河に向き合う、あまりに素朴な生の営みと喜びに出会う。
山中に神を認識しないではいられない彼らの背景に、海人族の山人化を見ようとする著者は、狩猟の作法・祭祀に、修験山伏との深い関わりをも指摘する。同時に宗教者・鉱山師がたどる日本を縦断する独自の山のルートが、広い情報のネットワークの場でもあったこと、彼らが山の漂泊民とも深く結びついていたことを明らかにする。現場感覚が導く「海の道」から「山の道」への壮大な文化伝播の秘められた歴史である。
民俗学、文化人類学の分野に広がる、原アジアを示唆するもうひとつのテーマは、パプアニューギニアから悪石島、硫黄島にのこる藁蓑を纏った草荘神が登場する祭祀であろう。
藁や草に自然界の生命エネルギーを象徴する神のしるしを見る人々による力強い祭りの動きに、ついには沖縄のアカマタ、クロマタ、さらに日本海沿いに伝播するナマハゲの源流を見、トカラ列島、九州におよぶ黒潮にのる壮大な人と文化の流れを思い描くのである。
アジア各地にのこる文化の原型に目を向けてきた自身の長い歩みを振り返り「私の一生という齣割りの時間は、過去に向かって逆流しながら、未来に一歩ずつ前進している」と述懐する著者の言葉は、いまこの時代にとりわけ重い。
(くぼた・のぶひろ 宗教人類学)
『海の道 山野の道』
遠藤ケイ著
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