ちくま新書創刊15周年・書店員座談会/篠崎凡・水澤正毅・森下直哉

鼎談 篠崎凡・三省堂神保町本店
    水澤正毅・丸善丸の内本店
    森下直哉・紀伊國屋書店新宿本店

新書ブームが終わって
――ちくま新書は今年九月に創刊十五周年を迎えます。この十五年、新書の市場は大きく変わりました。新書ブームと言われてからピークをかなり過ぎたいま、書店さんでは現実的にどんなご苦労をされているのか、あるいは工夫をなさっているのかを、まず伺えればと思います。

水澤 今年は去年と比べてかなり厳しいですね。レーベルによっては前年比八割とかになっています。縮小傾向の中で感じるのは、単品が売れなくなってきたということです。『女性の品格』(PHP新書)、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』、(光文社新書)、『悩む力』(集英社新書)などメガヒットの一点あたりと、いまの新書ランキングで三位までに入るような本では、売れ数が格段に違う。単品が売れなくなると売り方も違ってきます。これまでは入り口のところにドンと積んで、「これが売れています!」という見せ方である程度売れたんですが、いまはいろんなものを並べて、この中から一、二冊どうですか、という売り方になっています。大きく置くにしても関連書を端に置くなどの工夫を加えています。

森下 いちばん盛り上がったのは二〇〇三年の新潮新書創刊時ですね。『バカの壁』は新書の枠を超えて売れました。その後は二カ月に一冊くらいベストセラー的なものが出ましたが、いろんな出版社がわれもわれもとレーベルを出すようになって、書店からするとやや展開しづらくなりました。

篠崎 うちでも、一タイトルあたりの売れ部数は減っています。ただ、月で見ると、トップで売れる本はそんなに数は変わっていません。でも、長く引っ張れなくなっています。いいときは二カ月ぐらいかけて数百冊売れるのですが、それ以上伸びない。雑誌のように、その月に出たものを買っておしまいです。いちばん元気だったのは、『国家の品格』(新潮新書)が出た二〇〇五年あたりでしょうか。新書ブームが定着して、毎年一点ぐらい百万部前後の本が出た。それも『女性の品格』が最後で、あとは何となくそれなりに売れている、という本だけになっていて、厳しいですね。

新書は新刊勝負?
――かつて新書は、単品で爆発的に売れるのは特別なことで、概ね棚でゆっくり売れるものでした。でもいまは作りも売れ方も雑誌的な流れが定着していますね。

森下 二極化していると思います。じっくり長く売れていくものが一方にある。『日本語練習帳』(岩波新書)などは、もともとブームの前から長く売れていたものです。その一方で、有名な人に話してもらい、テープ起こししてすぐに出す新書が現れました。雑誌的な形で、読んだらそれで終わり。新書はこの二極に分かれていますね。

水澤 棚前の平積みを毎日写真に撮って、それをパラパラめくると、岩波や中公はほとんど変わらないです。定番商品が必ずあって、それを置いておけば間違いがない。『日本の思想』(岩波新書)とか『羊の歌』(岩波新書)は、外したらぶん殴られます(笑)。他のレーベルで同じことをやると、パラパラ漫画みたいできれいだと思いますよ(笑)。でもそれは我々がイメージする新書の売り方じゃないですよね。売れ行きも、もって半月、下手すると十日。広告が生きている間だけ売れて、あとは売れない。

――配本を見た瞬間に、長く売れるものか短期決戦か、わかるものですか。

森下 硬いタイトルのほうが、長く売れるとわかるんです。逆に、いわゆる煽るタイトルは、そんなに長くは売れないだろうな、と。中公さんの『戦後世界経済史』は、書評が出て今年いっぱい売れて、年間ベスト経済書などの上位に入るでしょうね。

水澤 あれは五年経っても平積みになるでしょうね。

篠崎 中公は今年二千点フェアを大きく展開しましたが、難しい本を並べておいても、かなり出るんですよ。

水澤 創刊ラインナップがまだ生きていますよね。『アーロン収容所』なんてまだ売れるんですよ。びっくりします。

森下 ちくま新書では、以前経済書のフェアをやったときに、金子勝さんの『セーフティーネットの政治経済学』が出て、これは売れるなあと思いましたが、やはり紀伊國屋本店ではかなり長く売れました。

あふれる新書棚
――複数のレーベルを持つ版元が多くなっていますが、レーベルが増えても棚は増えませんよね。

森下 いや、増やしてます。最近では早川書房がハヤカワ新書juiceという硬めの理工書を出しました。置き場所に困ってしまったんですが、結局、早川の棚に一緒に置いています。

水澤 うちはブルーバックスの隣ですね。

森下 PHPでも今度サイエンス系の新レーベルが出ますが、ブルーバックスのほうにするかどうか。PHP、PHPビジネスがあって、その下に置くことはないなあ。

水澤 ひとつの版元から次々に新しいレーベルが出て、それを同じ棚に入れても、満足するのは書店の担当者。棚の前に行って「うん、今日はきれいだな」と言うだけですよ(笑)。お客さんから見ればそんなことは期待していない。固めるなら同じ系統で並べるほうがいいでしょうね。

篠崎 いまや新書棚はパンパンで、どうしたらいいかわからないという状況です。

森下 もともとは老舗の新書と、ちくま、文春、平凡社で棚を一つとか二つずつとって、きれいに分かれていたところへ、どんどん新創刊が入ってくるから、一段ごとに違う新書を置いたりして、ブックオフみたいな陳列になってくる(笑)。

篠崎 わざと棚の面出しにしてるものがあって、それを抜いちゃうと、どうしても棚の効率が悪くなります。

水澤 うちのお店は、あえて新書のコーナーに置かなくていいような新書は置かない方針にしました。

篠崎 創刊が続く中で、方向性が定まっていない新書もありますからね。

――私どもも迷いました。やっぱり『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は衝撃でしたから。ああ、こういう手があったかと。で、華やかな服を着せてみようとしたら、意外に似合わなかった(笑)。

森下 僕は、ちくま新書は硬いイメージでいいと思います。

水澤 私もそう思いますね。でも、ちくま新書はロングで売れるけど、単発でドーンというのがない。『サブリミナル・インパクト』なんていいと思いましたけど……。

篠崎 あれは結構売れましたけどね。

水澤 ちくま新書はなんだかんだで結構売りましたね、という本がいっぱいあるから、それでいいんじゃないでしょうかね。

――初速が悪いと、すぐ返品されるという恐怖をいつも感じてるんです。二カ月後に書評が出て、じわじわ売れるというものもあると思うのですが。

水澤 書評といえば、書店員にいませんか。書評勘のいい人間。「これは載る」って。

篠崎 ああ、いますね。なんでこの本? って思っていると、二カ月後ぐらいに本当に大絶賛が載る(笑)。

既刊の掘り起こし
篠崎 一度、新書のジャンルごとの棚をつくろうかという話が出たんです。「新書マップ」をつくっている人たちと話して、やれないかと思ったんですが。

水澤 うちは簡単にですが、やってますよ。十五区分つくって、面出し三面ぐらいと、差しを五~六点、新刊が出たら替えていく。

森下 つねにフレッシュな状態にするわけですね。売り上げはどうですか。

水澤 寄りつきはいいです。売り上げも、当たり外れは大きいけど、そこで掘り起こされるものがたまにあって面白い。アスキー新書の『格安イタリア生活』を「生活」という区分に置いたら意外と売れました。

森下 生活ってすごい区分ですね(笑)。

水澤 厳密な区分はよくないんですよ。一度、テストでかなり厳密にジャンル分けしたんです。経営を国際経営と国内経営に分けるみたいに。そうすると棚が硬直化しちゃうんです。さっきおっしゃってた、フレッシュな状態にならないんです。

森下 国内の経営は企業論などが多く出るから入れ替わるけど、国際経営はあまり新刊が出なくて動かない、とかね。

篠崎 これは売れそうだなという新刊に合わせて棚構成するんですか。
水澤 担当者が見て、これは入りそうだなと思ったらジャカジャカ入れてます(笑)。

篠崎 うちでは、やろうとして結局やめました。単純に棚の問題です。ジャンル棚をつくると新刊を減らさなくちゃいけない。

水澤 うちも新刊台をつぶしてやったので、プラスマイナスで見ると、どうなのか、わかりかねるところもあります。

――既刊の掘り起こしでは、三省堂さんには新書ガールズという試みがありますね。今日はボーイがいらしてるけど(笑)。

篠崎 最近ガールズが減っちゃって、いまは半分以上が男です(笑)。三省堂本店は二階が新書のフロアですが、すべてのフロアに新書ガールズがいて、新書を送り込むという作業をしています。それで相当稼いでいまして、新書の売り上げは比較的下がっていないほうだと思います。いま、どうしても新刊が売れないということで、既刊の掘り起こしをやるようになっています。最初にやったのが『伝える力』(PHPビジネス新書)です。ああいう定番や、齋藤孝さんの著作など、積めば売れるもので、何とか売り上げが上がるようにやっています。効果はまずまずというところですかね。

時間に耐える新書とは
森下 長く売れるかどうかは、テーマにもよりますね。インターネット関連や国際政治などは情報が古くなりますが、中公の『物語○○の歴史』シリーズや、思想などのジャンルは長く売れる。それと、ホットトピックを扱うものは、最初の一冊だけが売れる傾向があります。『クラウド・コンピューティング』は、最初に出した朝日新書だけが売れて、後追いはいまいちです。ネット系だと、アスキー新書の『ウェブ仮想社会「セカンドライフ」』は売れたけど、その後に出たのは売れなかった。いちばん流行り廃りが激しいジャンルです。

篠崎 金融危機もそうですよね。文春の『強欲資本主義ウォール街の自爆』がいちばんタイミングがよかった。タイミングの問題もありますね。

森下 筑摩さんの『世界同時不況』も併売しています。でもあと一年もすると経済危機から回復の段階に入るでしょうから、『二〇一三年世界は復活する』みたいなタイトルの本が売れていくんでしょう。ただ、中公の『アダム・スミス』みたいな本は、いかなる時代においても普遍性がある。それがブランドにつながるんでしょうね。

篠崎 中公、岩波は別格ですね。

水澤 岩波は中公より上手いです。『ルポ貧困大国アメリカ』が出たとき、岩波は巧みだなあと思いました。そういうのを出しつつ、二十年経っても売れるであろう本を出して、さらに十五年前の本を毎月復刊してるんです。それができるだけのコンテンツを貯蓄している岩波は化け物ですよ。

森下 サルトルの『ユダヤ人』とかね。一九五六年の本をいまだに売っている(笑)。

水澤 青版と、古い赤版だけで一連の半分、上の段ぐらいはつねにとっておかないと。しかもすぐ売れてスカスカになっちゃう。

森下 こういう定番は学生も買っていましたが、いまは学生のレベルがやや落ちてきて、岩波はハードルが高いみたいです。「これやっぱり要りません」「先生に言われたんですけど私には読めません」と(笑)。

篠崎 うちでは棚の並びが、いちばん左が岩波で、だんだん緩い新書になっていくんですが、学生さんはどんどん右に寄っていく(笑)。

水澤 学生さんはジャンルで訊いてくることが多いですね。あれはレポートを書くのかな。それに対して、サラリーマンの方は指定買いで来られることが多い。ご高齢のお客様も、ジャンルで訊いてくることが多いです。あるいは、誰々の新書はどこにまとまっていますか、と訊かれますね。バラバラです、と言って棚にお連れすると、ええっという顔をされる(笑)。

森下 リタイア組ですね。時間もできたしお金もあるし、これからじっくり本を読もうという。岩波や中公は、あまり今日的話題に飛びついてません。マイペースです。中公から八月に『イルカ』というのが出ますね。一冊丸ごとイルカ。でも意外にそういうのがいい。だってイルカを知りたい人にとってその本しかないわけですから。

水澤 中公からは最近『チンパンジー』ってのも出ていましたね(笑)。中公は、すごく時間をかけて本をつくっていて、『チンパンジー』は八年かかったそうです。

――『靖国問題』は十年ですが(笑)。

森下 でも、ちくま新書はわりと世相に沿ったテーマで出されてますよね。無難と言ったら悪いですが。そうすると時代と一緒に流れてしまう面もあるかもしれませんね。

入門書としての役割
――ちくま文庫の『思考の整理学』は二十三年前の刊行ですが、単店のPOPから始まってブームが起こり、八十万部を超えました。新書でもそれは可能でしょうか。

森下 やっぱり普遍性は必要ですよ。『思考の整理学』が学生に売れたように、それぞれの世代で新しい読者を開拓できうるという普遍性ですね。それがあれば長く仕掛けられる。『知的生産の技術』(岩波新書)とか『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書)などは、多少内容が古くなっても現代に通じる。その時代に特化して本をつくっちゃうと、そこでしか売れない。

水澤 要するに、今年も来年も再来年も『アダム・スミス』は売れるけど、サブプライムの本は今年しか売れない。新書は一部レーベルを除いて文庫ほどの歴史がないから、普遍性があるかないかを見極めるには、まだ早いかもしれませんが。

森下 新書は、学生にとっては別の意味で古典テクスト、あるいは古典を読み解くためのものとなっていますね。筑摩さんは『ニーチェ入門』『マルクス入門』など、そういうものを出されていますが、長く売れていくものは引き続きあると思います。

――現実に『○○入門』というタイトルのものは創刊当時から生き残っています。

森下 それは、哲学書のスペースなどで展開しやすいですからね。

篠崎 いま専門書は本当に売れないので、新書が入り口になって売れるといいなということは、いつも考えています。

森下 取っつきやすさとか、割安感は相対的にありますからね。まして『○○入門』となっていると手に取りやすい。

水澤 でもあんまりやりすぎると、人文書の棚が安くなる。

森下 新書は、基本はガイドですよね。哲学なり歴史なり、その読み方とか名著紹介とかのワンポイントの紹介であればいい。逆に、ちくま学芸文庫とか講談社学術文庫、岩波文庫など、古典そのものの場合は、専門書のところに置くべきだと思います。単行本が既に存在しなくて、文庫しかない場合も多いですから。

創刊の志
水澤 最後に、ひとついいでしょうか。新書には創刊の辞がありますよね。その創刊の辞からぶれちゃいけないと思うんです。誰に向けて本をつくっているのかがぶれちゃったらおしまいなんですよ。それは新書として刊行する意味がないんです。ハードカバーか五百円の文庫で出せばいい。わざわざ新書の形で書店の棚に置くのなら、ぶれないでやってほしい。そうじゃないとどんどん派生して収まりがつかなくなっちゃう。だから、創刊の辞を忘れるな、と言いたいです。それが合ってないんなら、創刊の辞を変えてほしい(笑)。方針転換するなら、それはそれでいいですから。

森下 ちくま新書の創刊の辞には「ほんとうの入門書」という言葉がありますが、そのまま突き進めばいいと思います。

水澤 古くさくもないし、いまのこの方向性でいいんじゃないかと思います。最近創刊された新書は創刊の辞なんて載ってない。理念も何もなくとりあえずスタートみたいなところがある。

森下 僕も、「新書に求めるもの」を考えてきたのですが、「まじめなサブカル系」というところを追求してほしいですね。他の判型ではできないところを深く突っ込んで、唯一無二の価値を見いだしていくのが新書かなと思います。『イルカ』とかね(笑)。『ナンバ走り』(光文社新書)なども新書でないと難しい。

篠崎 お二人がおっしゃっていることで十分なんですけど、たぶんこれから消えていく新書も出てくると思います。生き残るのはちゃんとしているものだけだと思っています。ちくま新書は長く売れるいい本をつくってください。

――ありがとうございます。どうぞ長く売ってください(笑)。

水澤 長く売る価値のあるものをつくってほしいですね。

――厳しい(笑)。
(二〇〇九年七月十七日 筑摩書房にて)



ちくま新書*創刊のことば
 経験と知恵を生かし、自らの頭で考えていくことが強くもとめられています。そのためにこそ、どういう筋道で考えればよいのか、適切なオリエンテーションが必要です。
「ちくま新書」は、そんな読者のみなさんの必要と関心にまっすぐにはっきりと応答し、読者自身の思索を支援する、小さなしかし強力なチューター群です。しっかりと立脚点を見つめ、けっして背伸びをせず、どんなテーマもイチから説き起こします。そして、最後まで考えぬきます。ほんとうの入門書とはこういうものだ、という自負をもって投げこみます。だから「ちくま新書」は考える力、生きる勇気がわいてくる〝元気のでる〟新書です。
(一九九四年九月)

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