龍馬が師と敬った男/徳永 洋
今年は福山雅治主演のNHK大河ドラマ「龍馬伝」が放映されたことにより、坂本龍馬のふるさと高知県をはじめ長崎県、鹿児島県などゆかりの地では空前の龍馬ブームとなり、観光客が沢山押し寄せているそうである。特に高知県では、龍馬の経済効果を約四〇〇億円、観光客は四〇〇万人以上を見込んでいるというから驚きである。正に龍馬様様である。
ところで龍馬は、意外に思われるかもしれないが、九州「熊本」を三回も訪れている。その目的は、龍馬が師と敬った幕末の思想家「横井小楠」に会うためだった。
横井小楠と言っても日本史の教科書でもろくに取り上げられず、幕末維新関係のドラマにも登場することがない、半ば忘れ去られた人物である。地元の熊本でも小楠が果たした役割について語れる人は少ない。
しかし、決して軽んじられる人物ではない。むしろ幕末維新史を語る上でのキーパーソンの一人であり、小楠を抜きに維新はありえなかったと言っても過言ではないのだ。幕末維新当時に小楠と交流のあった人々の言葉を見れば、それは明らかである。
勝海舟は『氷川清話』の中で、「おれは、今までに天下で恐ろしいものを二人見た。それは、横井小楠と西郷南洲とだ」「横井の思想を西郷の手で行われたら、もはやそれまでだと心配して居たに、果して西郷は出て来たワイ」と語り、坂本龍馬は「西郷や大久保たちがする芝居を見物されるとよいでしょう。大久保たちが行きづまったりしたら、その時、ちょいと指図してやって下さい」と小楠に語っている。また、吉田松陰は「先生(小楠)の東遊の節は、ぜひ萩に立寄って藩の君臣を指導してほしい」と懇請し、高杉晋作も「小楠を長州藩の学頭兼兵制相談役に招きたい」と久坂玄瑞に相談したほか、小楠の思想の影響を受けて「奇兵隊」を組織している。
このように小楠は、幕末維新の英傑達にとって思想的バックボーンであったのである。
最近、やっとNHK大河ドラマ「龍馬伝」に小楠が登場したが、福井藩主松平春嶽と龍馬の面談に立ち会い中に豆を食べたり、人命を軽んじる発言をするなど、実際の小楠とは正反対の言動だったので、ドラマとはいえ視聴者に悪いイメージを与えたのではないかと、心配していた。しかし、そのようなドラマでも影響力はすごいもので龍馬が三回訪問した熊本の小楠旧居(記念館隣接)の入館者数が前年度の二・六倍増となったそうである。それから、個人的には公民館等から横井小楠についての講演依頼が相次いでいる。うれしい反面、講演後、決まって来場者から「小楠を深く学ぶための本はないでしょうか?」と質問され、回答に困っている。
このたび、うれしいことにちくま学芸文庫の一冊として松浦玲氏の『横井小楠』が出版されたので、これで来場者質問に即座に答えることができると内心ほっとしている。
本書は「時習館改革」「実学党の誕生」「学校問答」「有道の国・無道の国」「富国策」「国際会議論」「大義を世界に」の七章からなっている。中でも四章の「有道の国・無道の国」では福井藩士村田氏寿が小楠の意見を書き留めたことが次のように紹介されている。
「爰で日本に仁義の大道を起さにはならず、強国に為るではならぬ。強あれば必ず弱あり、此の道を明にして世界の世話やきに為らにはならぬ。一発に一万も二万も戦死すると云ふ様成る事は必ず止めさせにはならぬ。そこで我日本は印度になるか、世界第一等の仁義の国になるか、頓と此の二筋の内、此の外には更にない」
これにより小楠が日本は世界の世話やき、世界第一等の仁義の国になることを目標としていたことが分かるのである。
ともあれ、本書は小楠の波乱万丈の生涯を膨大な資料を駆使して丁寧に分かりやすく書かれており、小楠を学ぶうえでのバイブルとなるものである。なお、本書には増補「実学と儒教国家」「アジア型近代の模索」、さらに補論といった美味しいおまけまで付いているので、これは儲けものである。
(とくなが・ひろし 歴史家)
『横井小楠』 詳細
松浦玲
ご注文方法はコチラ
トップに戻る
バックナンバー
- 第638号24年5月号
- 第637号24年4月号
- 第636号24年3月号
- 第635号24年2月号
- 第634号24年1月号
- 第633号23年12月号
- 第632号23年11月号
- 第631号23年10月号
- 第630号23年9月号
- 第629号23年8月号
- 第628号23年7月号
- 第627号23年6月号
- 第626号23年5月号
- 第625号23年4月号
- 第624号23年3月号
- 第623号23年2月号
- 第622号23年1月号
- 第621号22年12月号
- 第620号22年11月号
- 第619号22年10月号
- 第618号22年9月号
- 第617号22年8月号
- 第616号22年7月号
- 第615号22年6月号
- 第614号22年5月号
- 第613号22年4月号
- 第612号22年3月号
- 第611号22年2月号
- 第610号22年1月号
- 第609号21年12月号
- 第608号21年11月号
- 第607号21年10月号
- 第606号21年9月号
- 第605号21年8月号
- 第604号21年7月号
- 第603号21年6月号
- 第602号21年5月号
- 第601号21年4月号
- 第600号21年3月号
- 第599号21年2月号
- 第598号21年1月号
- 第597号20年12月号
- 第596号20年11月号
- 第595号20年10月号
- 第594号20年9月号
- 第593号20年8月号
- 第592号20年7月号
- 第591号20年6月号
- 第590号20年5月号
- 第589号20年4月号
- 第588号20年3月号
- 第587号20年2月号
- 第586号20年1月号
- 第585号19年12月号
- 第584号19年11月号
- 第583号19年10月号
- 第582号19年9月号
- 第581号19年8月号
- 第580号19年7月号
- 第579号19年6月号
- 第578号19年5月号
- 第577号19年4月号
- 第576号19年3月号
- 第575号19年2月号
- 第574号19年1月号
- 第573号18年12月号
- 第572号18年11月号
- 第571号18年10月号
- 第570号18年9月号
- 第569号18年8月号
- 第568号18年7月号
- 第567号18年6月号
- 第566号18年5月号
- 第565号18年4月号
- 第564号18年3月号
- 第564号18年3月号
- 第563号18年2月号
- 第562号18年1月号
- 第561号17年12月号
- 第560号17年11月号
- 第559号17年10月号
- 第558号17年9月号
- 第557号17年8月号
- 第556号17年7月号
- 第555号17年6月号
- 第554号17年5月号
- 第553号17年4月号
- 第552号17年3月号
- 第551号17年2月号
- 第550号17年1月号
- 第549号16年12月号
- 第548号16年11月号
- 第547号16年10月号
- 第582号19年9月号
- 第546号16年9月号
- 第545号16年8月号
- 第544号16年7月号
- 第543号16年6月号
- 第543号16年6月号
- 第542号16年5月号
- 第541号16年4月号
- 第540号16年3月号
- 第539号16年2月号
- 第538号16年1月号
- 第537号15年12月号
- 第536号15年11月号
- 第535号15年10月号
- 第534号15年9月号
- 第533号15年8月号
- 2019年8月号 No.581 目次はこちら
- 第532号15年7月号
- 第565号18年4月号
- 第531号15年6月号
- 第530号15年5月号
- 第529号15年4月号
- 第528号15年3月号
- 第527号15年2月号
- 第526号15年1月号
- 第525号14年12月号
- 第524号 14年11月号
- 第523号14年10月号
- 第522号14年9月号
- 第521号14年8月号
- 第520号14年7月号
- 第519号14年6月号
- 第518号14年5月号
- 第517号14年4月号
- 第516号14年3月号
- 第515号14年2月号
- 第514号14年1月号
- 第513号13年12月号
- 第512号13年11月号
- 第511号13年10月号
- 第510号13年9月号
- 第509号13年8月号
- 第509号13年8月号目次
- 第508号13年7月号
- 第507号13年6月号
- 第506号13年5月号
- 第505号13年4月号
- 第504号13年3月号
- 第503号13年2月号
- 第502号13年1月号
- 第501号12年12月号
- 第500号12年11月号
- 第499号12年10月号
- 第498号12年9月号
- 第497号12年8月号
- 第496号12年7月号
- 第543号16年6月号
- 第495号12年6月号
- 第494号12年5月号
- 第493号12年4月号
- 第492号12年3月号
- 第595号20年10月号
- 第491号12年2月号
- 第490号12年1月号
- 第489号11年12月号
- 第488号11年11月号
- 第487号11年10月号
- 第486号11年9月号
- 第485号11年8月号
- 第484号11年7月号
- 第483号11年6月号
- 第482号11年5月号
- 第480号11年4月号
- 第479号11年3月号
- 第478号11年2月号
- 第478号11年1月号
- 第477号10年12月号
- 第476号10年11月号
- 第475号10年10月号
- 第474号10年9月号
- 第473号10年8月号
- 第472号10年7月号
- 第471号10年6月号
- 第470号10年5月号
- 第469号10年4月号
- 第468号10年3月号
- 第467号10年2月号
- 第466号10年1月号
- 第465号09年12月号
- 第464号09年11月号
- 第463号09年10月号
- 第462号09年9月号
- 第461号09年8月号
- 第460号09年7月号
- 第459号09年6月号
- 第512号13年12月号
- 第456号09年3月号
- 第458号09年5月号
- 第455号09年2月号
- 第457号09年4月号
- 第548号16年11月号
- 第548号16年11月号
- 第454号09年1月号
- 第520号14年7月号
- 対談
- 第509号13年6月号
- 第524号14年11月号
- 第548号16年11月号
- 第565号18年4月号
以前のPRちくま
「ちくま」購読料は1年分1,100円(税込・送料込)です。複数年のお申し込みも最長5年まで承ります。 ご希望の方は、下記のボタンを押すと表示される入力フォームにてお名前とご住所を送信して下さい。見本誌と申込用紙(郵便振替)を送らせていただきます。
-
受付時間 月〜金 9時15分〜17時15分
〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3