書評者の憂鬱、愛書家の夢/市川真人
このところ、「最近の斎藤美奈子ってどうなの」問題を聞かれる機会がときにある。身辺に口さがないオトコの批評家・作家なり編集者なりの率が高いので、ぼく自身も含めて「アンタたちこそいっつもどうなの」と切り返されれば脛傷ばかりだが、居並ぶマッチョを快刀乱麻、斬られて快感見て快感という「斎藤美奈子像」と比べ、確かに大人しく見えもする。そんな彼女の新刊『月夜にランタン』(以下『月ラン』)には、ネットのレヴューやブログが日常的な時代にプロとして前線にありつづけることの苦悩や試行錯誤を読みとることができるのだった。
『月ラン』は三冊の本を読み比べつつ時事問題を語るが、その語り口は微妙に歯切れが悪い。象徴的なのが毎回の結びで「ではないかもね」「とも限らないのだ」等々、断言の回避や疑問形が多く、読後感も曖昧になる。たしかに「どうなの」と言いたいところだが、これ、別の連載だとまるで違うのだ。同時期の時事コラム集『ふたたび、時事ネタ』(中央公論新社)には、書評に縛られず短い紙数で纏めたぶん、舌鋒鋭い斎藤美奈子がいる。ネタかぶりもある二冊を読み比べれば、『ミシュラン』を巡って「★の要件が常に良質な情報を提供しているだとすれば、それに達しているとはちょっと思えない」と斬る『ふたたび』に対し、倍の字数で「情報量が足りないと空疎な言葉がどうしても増えていく」と書く『月ラン』は、「どうしても」のぶんだけ優しい。そこに限らず、以前ならバッサリ斬った間合いで、ときに留保を重ねつつ頭ごなしの批判を抑えてゆっくりロジックを積む様は、焦れったく感じられもする。しかしでは、なぜ本書はそうなのか。
かつてメディアの少ない時代は毒舌書評も芸のうち、限られた紙面を割いてする批判の意義が「愛ゆえの罵倒」と信じられやすくもあった。だが、いまや反射的な悪口悪罵はネットで即座に可能、本気でするなら自前のメディアを持つことも可能な世の中。新聞も雑誌も不況の最中、読者の効率主義も昂進し、ネットでリンクを辿る習慣が「部分読み」をいや増す今日この頃なのだから、批判は対象への興味を引くより読まずに済ます口実になりがちで、対価と紙幅と他人の労働を費やす場所でわざわざそれをするべきか、それとも愛のカタチを変えて批判される側にも納得できる文脈や整合的な世界観を示すかは、改めて問われずにいない(むろんだからといって、単なる御用書評でよいはずがない)。九〇年代から今日まで罵倒の系譜を担った辛口で戦ってきた批評家であり書評者である斎藤美奈子が、そのことに最も自覚的な一人であるのは至って自然なこと、先の優しい一節も、「ガイドブックなんて、えてしてそんなものですよ」と結ばれるのであるから、じつは刃は彼女自身に向けられている。
けれども荒れ球で押してきた速球派の投手が軟投派に転ずるように、そのスタイルでこそ衝けるコーナーもあるわけで、かつてなら笑止と一刺しだった『失楽園』の続編『愛の流刑地』を、本書の彼女は性交回数まで指折り数えて「プレゼントといったらハイヒール型のセコいペンダント一つだけ。デートらしいデートは箱根への一泊旅行と花火だけ」と、読者と作中の女への「サービスの質が落ち」たとユーモアと共に指摘する。さらにはその批判も当然すぎて無意味と放擲、かわりに「日経連載小説は日本経済を映す鏡」と論じた新書を紹介しつつ「格差が広がった二〇〇〇年代の貧乏臭さ」が作品を「省エネの不倫小説」としたと救いを残し揶揄する姿は、もはや老獪さの域だ。
出版全体の不況が導く「生活防衛の必要性」が「月夜にランタン(=頓珍漢に余計なことをする)」を産むという後記の一節も、書名と重複する以上、自書にも向けられているだろう。読者同様に著者も、それがかつて望んだものではないと感じているに違いない。しかしだからこそ、この『月ラン』は、斎藤美奈子を苦手としてきた心優しい読者にも、辛口好きの愛読者にも、違う角度で考えさせる一冊になっているはずだし、とすればただ「どうなの」と突き放すより、新しい「書評」のフォームを試行錯誤する苦闘と覚悟を本書の二重性に読みとる方が、ぼくたち読み手自身にも魅力的だろう。そこに見出される自省こそ、「本を読む」ことの意義であり喜びのひとつなのだから。
(いちかわ・まこと 編集者・書評家・教員)
『月夜にランタン』 詳細
斎藤 美奈子 著
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