多様なコンテクストの中の「人間」と「キャラ」/暮沢剛巳

 ゆるキャラブームにAKB人気、さらには一連のタイガーマスク運動等々、キャラクターへの関心の高まりを物語る事例は枚挙に暇がない。当然、関連書籍も数多く出版されているが、気鋭の精神科医として知られる著者によって書かれた本書も、その趨勢の中に位置を占める一冊である。類書と比較した場合の特徴として、キャラクターという言葉に厳密な定義を与えることなく、様々なコンテクストの中に位置づける方針がとられていることをまずは強調しておこう。
 最初の章では、著者が「キャラの生態系」と呼ぶ今日の学校社会の状況が紹介されている。生徒間のコミュニケーション格差やスクールカースト等の問題は既に多くの報道がなされているが、これを「いじられキャラ」「天然キャラ」「毒舌キャラ」などの様々なキャラ同士による生存競争と捉える視点には興味を惹かれた。この視点に依拠すれば、たとえば連続通り魔事件のような凶行も、「非モテキャラ」の青年による極端なコミュニケーション行為として理解することが可能になるだろう。
 キャラクターの記号論的分析は既にさかんに試みられているが、キャラクターがC・S・パースが提唱する「イコン」「シンボル」「インデックス」の三項いずれにも該当する重層的な性格をもつという第3章での指摘は、おそらく類例のないものだ。これを受ける形で、著者はさらに表情豊かなディズニーキャラを隠喩的、無表情なサンリオキャラを換喩的とみなす和洋対比的な区分にも踏み込んでいく。「人間臭さ」と「可愛さ」がある程度反比例するとの指摘には素直に首肯する半面、この区分になじまないミッフィーやせんとくんのようなキャラの居場所が気になってしまった。
「美術評論家」としての自分には、もちろん、アートとキャラの関係性について論じた第6章も大いに興味深かった。村上隆がキャラクターをアートの主役に据えた点で画期的であったことはその通りだと思うし、グルービジョンズのキャラクター=フォント戦略をそれと同じ問題意識の延長線上に位置づける解釈にも説得力がある。
 紙幅の制約もあって逐一挙げられないのが残念だが、本書では他にも多くの魅力的なキャラクターが批評の俎上に載せられている。だが様々に展開する話題が決して散漫な印象を与えないのは、著者の関心が「人間」と「キャラ」の関係を問うという点において一貫しているからだろう。その問いかけに際して、著者が主に依拠しているのは相反する二つの立場である。一つは、当然ながら著者の専門であるラカン派精神医学である。キャラが対人関係のインターフェイスであり、文脈に応じてその都度生成されるという著者の見解は、最初の単著『文脈病』以来の終始一貫した姿勢から導かれたものだ。また第2章では、十種類に分類される人格障害のうち、解離性同一障害(DID)における交代人格がもっとも「キャラ」に近い概念なのではないかとの私見も明らかにしている。してみると、イアン・ハッキングが『記憶を書きかえる』で言及していたルイ・ヴィーヴなどもキャラという観点から考えられるのだろうか。門外漢ゆえ、この見立ての当否を判断できないことが残念だ。
 そしてもう一つが東浩紀のデータベース理論である。マンガ、アニメ、ライトノベル等のキャラクター分析で幾度となく参照されてきたその重要性は今さら指摘するまでもないが、著者は人間とキャラクターの同一性に照準した東の言説に初期の頃からの一貫性を見出してこれを高く評価する一方で、彼が否定神学として批判したラカン派精神医学との間に相補的な関係を構築しようとしているようにも思われる。
 最近、フェイスブックの日本進出が注目されている。映画「ソーシャル・ネットワーク」でも話題になった世界最大のSNSが、ミクシィやツイッターが既に大きなシェアを持つ日本でいかにして市場を拡大していくのか大いに気になるところだが、本書を一読した後では、「実名主義」と「ハンドルネーム」をめぐるこの争いにも、「人間」と「キャラ」の関係に対する問いかけが潜んでいることを意識せずにはいられなくなりそうだ。(くれさわ・たけみ 美術評論家/東京工科大学准教授)

『キャラクター精神分析 マンガ・文学・日本人』 詳細
斎藤環 著

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