時刻表にて「温故知新」/所澤秀樹

 近ごろは歳のせいなのか、昔は良かった、と、思うことが多い。
 ケータイなんぞという野暮な道具がなかった時代、思い人の家に電話をかけ、そこのオヤジが出てきたときの落胆ぶりなども、今となれば良き思い出である。遠距離の相手とは、メールではなく「文通」が主たる連絡手段だったというのも、今にして思えば、風情があった。もっとも私は、手紙を書くのが苦手なので、実践したことはないけれど。
 暮れの大掃除などで、古い時刻表が押し入れの奥から出てきたりしても、“昔は良かった”とおおいに思わせられる。今から十数年前だっただろうか、昭和四九年一二月号という古びた時刻表がたまたま家の天袋から出てきたときも、そうだった。
 この時刻表を使い私はその四九年の暮れに東京より下関まで、太平洋から瀬戸内にかけての沿岸をなぞるようなルートで旅している。紀勢本線を廻って関西に入り、親戚宅所在の神戸から広島にかけては、朝霧6時16分発―〈普通電車〉―西明石6時23分着/31分発―新幹線「こだま281号」―岡山7時20分着/35分発―特急「つばめ1号」―福山8時16分頃着/57分発―特急「はと1号」―広島10時54分着という旅程だったことを思いだし、懐かしくもあり、また、羨ましくも感じたものだ。昔はよかった。あの頃、新幹線はまだ岡山までしかなかった。
 乗り物は、遊園地のアトラクションの類を除いて、何故か乗っている時間が短いことを好まれる。しかるに私は、どうも世間の人の感覚とは懸隔甚だしいようで、乗り物は少しでも長く乗っていたいと思うたちなのである。だから、今でも北海道へは寝台列車でしか行かない。
 まあ、それはいいけれども、現在の時刻表で山陽新幹線を見ると、西明石を早朝六時半ごろに発つならば、最も遅い各駅停車の「こだま」を乗り通したとしても広島に朝八時半には、もう着いてしまう。昔のように福山で四○分ほど道草したとて、九時前には着くだろう。便利になったものだと痛感する。が、我が性のせいか、これでは少しく面白くないとも思う。風変わりな感覚なのは十分に承知している。
 時刻表四九年一二月号を見かえすと、山陽本線下りの頁で「つくし1号」という急行列車が眼にとまる。始発駅の大阪を8時44分に出発して、途中、相生~東岡山間では本線を離れ単線の赤穂線を進むという余興まで演じ、終着博多には18時23分に到着する、なんとも大らかな私好みの列車なのである。しまった、乗っておけばよかった、と、悔やんでみても相手は歴史の遥か彼方へ、あとの祭り、である。
 先日、岡山から博多へ向かう際、少しの時間的余裕にも恵まれたので、新幹線ながらも各駅停車の「こだま749号」に乗ってみた。岡山発13時51分、博多着が17時23分で所要時間は三時間三二分、「つくし1号」ほどでないにしても“長く乗っていたい”とする者には、持ってこいの列車である。「のぞみ」ならば一時間四〇分ほどの道程を、倍以上の時間をかけ移動するのは、新幹線の効能を著しく減殺させる利用の仕方ではあるけれども。
 さて、この「こだま749号」、途中の駅で他の列車に抜かれることの多さといったらどうだろうか。「のぞみ」に「ひかり」に「さくら」、博多到着まで一〇本近くもの列車に道を譲る。長く乗っているのは結構なのだが、ここまで抜かれ続けるというのも、なんだか人生の落伍者みたいな気分がしてきて、どうも面白くない。私も俗世間の効率主義に毒されてきたらしい。
 ところで、件の古い時刻表によると、昭和四九年当時の急行「つくし1号」はといえば、岡山~博多間に限ってみても、「しおじ2号」に「つばめ3号」と二本しか特急に抜かれないのにこの区間は七時間〇一分を要している。蒙を啓かれたというべきか、へんなところであらためて新幹線の速さを実感させられた、妙な「こだま」の旅であった。
(しょざわ・ひでき 交通史・文化研究家、旅行作家)

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