本人の目線によりそって語る自閉症/木村順

『自閉症の子があなたに知ってほしいこと』(和歌山友子訳・小社既刊)と『自閉症の生徒が親と教師に知ってほしいこと』という二冊は、エレン・ノットボムという自閉症の息子を育てている母親が書いた本である。読んでいて興味深いのは、この二冊の本が育てている側の大人=親や指導者ではなく「本人の目線」で「自閉症」という障害がどのようなものであるか、どういう状況で、どのように感じ、どのように「誤解」されてしまいやすいのかが率直に語られていることである。
 ただ、ここで述べられていることの多くは必ずしも目新しい知見ではなく、ある意味では当たり前のことである。例えば「自閉症児」ではなく、まずは「子どもであるボク」がいて、その障害特性の一つに「自閉症」があるという視点で接してほしいとか、こだわりやパニックには、その子なりの「わけ」があるので、そこを理解したうえで接してほしいなどである。自閉症についての研究とアプローチが半世紀以上も経った今となっては、とりわけ「指導者」側に立つかぎり、事前に習得&修得しておいてほしい内容である。
 しかし、今となっては「当たり前」の知見も、半世紀前にさかのぼるとまったく違った子育てと指導が展開されていた。ご存じの方も多いとは思うが、自閉症の原因は情緒的なコミュニケーションに欠ける「養育環境」にあり、その結果「心を閉ざしてしまった」子どもたちであると見られていたため、自閉症児を育てている親は、育て方が悪いと世間から非難の目で見られ、肩身の狭い思いをする悲しい時代があったことを忘れてはなるまい。また自閉症の子どもには「心を開かせていく」ための方策として、何をしようとも無条件に許すという「全面受容」が指導の基本方針となっていったが、その効果はほとんど上がらなかったことは言うまでもない。ただし、無条件の「全面受容」ではなく本人の「内面世界」に寄り添い理解していく関わりは重要で、その点は本書二冊から大いに学ばなければならないところである。
 その後、自閉症の原因については諸説様々な研究が発表され紆余曲折を経て現在に至っているが、教育や心理学といった分野だけではなく、医学の立場からの研究と実践も積み重ねられてきた。その一つに一九六〇年代から脚光をあびはじめた「感覚統合療法Sensory Integration Therapy」がある。そもそも感覚統合療法は、「自閉症」そのものを治すわけではないが、一部の症状を改善したり、「なぜ、そのような行動に陥ってしまうのか?」という理解につながる知見を多く提供してくれている。本書二冊でも感覚統合の障害がどのように自閉性を形作り増幅させていくのかが述べられているので、読み深めていくためには大いに役立つだろう。ただ、感覚統合は子どもの症状を脳機能の歪みや偏りとして解釈していくので難解なものである。わかりにくい方は、拙著で恐縮だが『育てにくい子にはわけがある』(大月書店、二〇〇六年)を参考にして戴ければ幸いである。
 なお、本書二冊は、訳者が異なっている。後者の方がやや直訳的な印象は否めず、専門用語の訳がズレていたりもする。例えば「行動という問題」と記されているが「問題行動」と訳すべきだろうし、「感覚統合療法」と訳すべきところが「感覚療法」となっている。だから特に指導者の方は二冊とも読むことで理解を深めてほしい。
 ちなみに、「検察官」は犯罪を裁く立場をとり、「弁護士」は無罪を立証したり罪の償いを支援する立場に立つ。同じ法律の「知識」を持っていても自ずと接し方が違ってくる。「自閉症」という症状自体に「問題行動という火種」を抱えているならば、その子の火種を裁く「検察官」の立場を取るのか、火種そのものを消していく「弁護士」の立場を取るのか、要は「私」の立つ立場によって、子どもの育ちが変わっていくことを本書二冊は問題提起している。本書を通して「知識」を深め広げるだけに止まらず、「当事者の目線」という視点も取り入れながら、自閉症の子どもたちの子育てや教育を見据え、見通していきたいものである。
(きむら・じゅん 作業療法士)

『自閉症の生徒が親と教師に知ってほしいこと』 詳細
エレン・ノットボム著 香川由利子訳

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