国家と通貨の連関をめぐって/中北徹

 貨幣、通貨、マネー、どう呼ぶのであれ、その起源は古代にまでさかのぼる。この人類の創造物は、資本主義の発生より、はるか以前から存在した。
 近代以降、通貨であれ、貨幣であれ、それは資本主義の隆盛と強く結びつき、昨今の経済のグローバル化、情報通信技術の進歩、自由主義思想の喧伝もあって、市場経済のシンボルともてはやされるようになった。しかし、数百年に一度であるはずのバブルの生成と崩壊が相次いだことから、危機が頻発し、「通貨」が経済社会の不安定性の根因とされ敵視されている。
 国境線をまたいで、異なった通貨交換の仕組みを研究する「国際金融」の分野は、国内の金融のように制度や一般的なルールが堅固に確立していないため、国際政治やパワーがむき出しになる一方で、原始的(プリミティブ)な金融の仕組みが支配する領域である。
 通貨危機を目の当たりにして、国際金融に関する疑問や問題意識を膨らませ、満たされない知的渇望を覚える読者は多いはずである。
 本書は、「ギリシア危機とユーロ問題」「円高と日本円の復権」「リーマン・ショック後の米国経済と基軸通貨・米ドルの行方」「人民元の可能性」「G20に代表される新興国へのパワーシフト」「東アジアの共通通貨の可能性」など、現下において、噴出する通貨の数々の問題に言及している。
 本書には、二つの特徴がある。
 ひとつは、金融や通貨などの危機が発生する背景には、財政の存在が大きな役割を果たすという観点である。財政の支えなしには、通貨や金融の自立や信認が危うくなり、金融政策の独立は、「風前のともし火」に等しい。財政と金融・通貨は、公的部門負債残高という点で地下茎のようにつながる。
 二十世紀最大の経済学者であるJ・M・ケインズは、戦後、IMF・世銀体制を構築したブレトンウッズ会議で、金融経済の不安定性に深い憂慮を抱いて、資本移動にある程度の制限を課すことを是と考えていた。しかし、当時台頭著しかった米国の実力の前に退歩を余儀なくされた。
 いまひとつの特色は、決済(=通貨の受け払い)という観点から、通貨そのものにスポットライトを当て、実際に新しい“通貨作り”を提案したことだ。国際金融では、伝統的に為替レートの決定理論に多大の精力と関心が注がれてきた。しかし、理論的にいって、「為替レートは絶対に予測できない」。
 筆者は、実務家の間でクロスボーダー決済と呼ばれる、「異種の通貨交換」制度の成り立ちや、その安全性や効率性の側面に重点的な分析を行い、戦略的な観点から「日中合成通貨」の形成を提唱した。「ボトムアップ」手法と呼んでいる。
 具体的には、中央銀行である日銀と中国人民銀行との決済システムを、PvPという最新鋭の仕組みで連携する。円・元の直接交換が可能になるので、これを利用する銀行数が増える。すると、コストや安全面から、企業や個人がこうした動きを歓迎する。直接交換の利用が広がれば、円・元との交換比率が安定し、日中の当局が外貨準備の中に円・人民元を保有する比率が高まろう。これは、事実上の円と元を要素とする、一種の“合成通貨”(日中合成通貨)の誕生へつながる。
 東アジア地域で、二十一世紀の新時代をみすえて、共通通貨を模索する考え方としては、ACU・AMU(アジア通貨単位)などが存在するが、まずは為替レートの変動幅を小さくするという観点から出発するもので、「トップダウン」接近法であった。これは過大な財政資金(市場介入)を伴う。めざす目的地は同じであっても、入口が違うと、哲学も違ってくる。
 基軸通貨ドルの体制は当分続くであろう。しかし、だからといって、円の利用度を高める努力を怠るべきではない。
 通貨は古くて、つねに新しい問題である。
(なかきた・とおる 経済学者)

『通貨を考える』 詳細
中北徹著

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