仕事を知る、成長する/中沢孝夫

 ビジネスの現場から見ていると、行政やジャーナリズム、そして学者の「見当外れ」に驚くことがある。彼らの知識が二次資料に基づいていることが多いことが原因だ。「グローバル化の推進」などその典型だろう。異文化への理解、英語力、コミュニケーション力……など、みなごもっともだがビジネスの「現場」は常に具体的であり、特にビジネスパーソンは「どれだけ仕事を知っているか」がまず問われる。大切なのは、伝えるべき内容(コンテンツ)であって、手法ではない。
 グローバル人材育成のシンポジウムなどを聞いていると、国連など国際機関での仕事、NGO、あるいは青年海外協力隊といった経験を関係者が語ることが多い。そのような「仕事」あるいは「場面」があるのは分かるが、普通の日本人のグローバル化は、もっと地味で日常的だ。
 例えば、ASEANに進出した工場の場合、大企業も中小企業も、いわゆる5S(整理、整頓、清潔、清掃、躾)の徹底からはじめる。現地語と日本語両方で教えるのである。現地で採用されるワーカーはフィリピンなどを除いて英語は理解していない。材料や部品の置き場所、良品と不良品の見分け方、手順書の理解……といったスキル・マップをつくり、最初は通訳を介して「間接話法」で伝えるのである。もちろん最も大切なのは目の前で「やってみせる」ことだ。
 材料を投入する、簡単な機械を操作する……といったことを繰り返しやってみせることによって理解させるのである。その間、日本人もタイ語やインドネシア語あるいはベトナム語などを覚え、現地採用の社員に日本語を学習してもらう(手当を払う)。そして可能ならお互いに英語も覚える、といったように仕事を媒介にしてコミュニケーションを深めるのである。つまり仕事能力の向上とコミュニケーションは一体である。もちろん仕事を教える側もさまざまな工夫を重ね、自らを成長させる。
 聞き取り調査をしているといつも感じるのはそのことだ。対象の多くは技術者であり経営者だが、二年に一度、三年に一度といった感じで、定点観測をしていると、説明の言葉に深みや広がりがでてきて、その成長や成熟に驚く。日本で働いていると普通は「担当業務」があって、仕事の基本的な領域がある。また上司に相談することもできるし、場合によっては「決済」や「承認」を必要とする。しかし海外での仕事の多くは、その場での自らの決断を必要とし、裁量の幅はとても大きくそして広い。そのことが人間を成長させる。
 人間が成長するというのは、「知る」ということの積み重ねだが、ビジネスの現場の多くは、ルーチン化された仕事のように見える場合であっても実はそうではない。絶えざる技術革新、絶えざるビジネス環境の変化により、いつも新しい対応を迫られ、新たな経験を積んでいる。また自分自身の創意工夫がなければ仕事に進歩はない。
 もちろん技術革新によって、これまで持っていた技術や経験が陳腐化したり、会社そのものが消滅したりする場合もある。しかし日々の仕事の場面で、懸命な努力を重ねてきた人間は「つぶしが利く」。特に同種、同業への転換が可能だ。そして何よりも「他に代替の利かない」人間は最後まで必要とされる。それはどれだけ「知る」ことに努力をしたかによって決まる。
 また仕事は一人だけでするというのも少ない。お客、同僚、取引先など無数の人間関係の中にある。問われるのはそこでどれだけの仲間をつくるかだ。仲間の多い人生が豊かな人生ということだが、人との出会いも、当事者の内容(コンテンツ)が条件となる。無内容な人間は人と出会えない。
 本の執筆もまた同様だ。誰に何を伝えたいのかが問われている。何冊も上梓してきたが、読者にどれだけ届くのかがいつも気になる。内容がなければ届くものがないからだ。
(なかざわ・たかお 福山大学経済学部教授)

中沢孝夫
『中小企業の底力――成功する「現場」の秘密』詳細



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