アニミズムから江戸庶民の造形感覚を探る/安村敏信


 本書の元になった『遊戯する神仏たち――近世の宗教美術とアニミズム』(角川書店、平成十二年)が上梓された時、辻先生は江戸の宗教美術の中にもあそびをみつけられたんだな、と感心して読んだ記憶がある。
 今にして思えば、本書に流れる通奏低音は「アニミスティックな特徴が、さまざまなかたちで根強く続いていること、それが日本美術の表現をいきいきと活気づかせる上で無視できない役割を果たしていること」を示すことにあったのだ。このアニミズムという言葉は、欧米では原始宗教の原理として説明されるため、日本美術がいつまでもアニミズムを背負っていると言うと、如何にも未開の美術のように見られて困るなあ、というお話を先生からうかがったことがある。そこで、あるテキストではアニミズムを「ものに宿るたましい」と表現されたことを思い出した。
 そうとらえると、伊藤若冲の花鳥図や葛飾北斎の滝の絵にも、ものに宿るたましいが乗り移っていることが納得できる。
 本書によって知った万治三年銘石仏を求めて長野県諏訪神社春宮の裏を尋ねたり、徳誉源道の「釈迦成道図」や障壁画を見に飯田市郊外の浄玄寺や、清内路村の念仏堂を訪れたのも今は懐かしい。どれもこれも興奮するもので、よくも面白いものばかり見付けてこられるなあ、と恐れいったものだ。
 私は辻先生に東北大学で学び、先生の得意とする奇想の画家を敬遠して、アカデミズムの狩野探幽から研究を始めた。
 しかし、東京・板橋区立美術館で江戸文化シリーズと名づけた展覧会を開催するうちに、いつのまにか、林十江、逸見(狩野)一信、加藤信清などという新たな奇想の画家たちにはまってしまった。
 この逸見一信が増上寺に納めた「五百羅漢図」や加藤信清が法華経の文字で書いた「五百羅漢図」も、考えてみれば江戸の宗教美術である。
 江戸期の仏教は衰し、人々の関心は現世利益をもたらす大山詣でなどに向けられたと考えられていた。しかし、近年、仏教史の方から江戸期の仏教を見直す動きが活発になっている。末木文美士氏や圭室文雄氏などによって、江戸期に偉業を成した多くの僧が紹介されてきたのだ。
 仏画の方面でも矢島新氏が積極的に江戸らしいユニークな表現をもつ作品を紹介されている。私も江戸期の地獄絵を集めた展覧会で山形県酒田・十王堂の「閻魔地獄図」を紹介した。この絵は、鬼が傘をかむっていたり、血の池地獄に落ちた女が蛇にかみついたりしている珍なる地獄図だ。
 さて本書に戻ろう。本書にはまず日本美術とアニミズムに関するすぐれた総論があり、ついで円空・木喰論がくる。それから白隠・仙厓・北斎ときて、明治の天龍道人源道で締めくくる。
 角川本での白隠論は、美術館での講演録であったが、これを取りやめ、学研の『日本美術全集二三 江戸の宗教美術』に掲載した白隠・仙厓論と、『国華』に紹介した白隠の「半身達磨像」の図版解説を収録している。
 また、『図説 日本の仏教五 庶民仏教』(新潮社)に掲載した「北斎の信仰と絵」が追加収録されている。
 角川本に比べ、かなりバージョン・アップされているのは魅力的でありお買い得だ。
 また、近年世界的に注目されている浮世絵春画についても、「浮世絵春画と性器崇拝」の一項があって興味深い。
 従って本書を仏教美術の本と思って読まないで頂きたい。著者の「あとがき」にあるとおり、著者は「仏教美術が苦手」なのである。むしろ本書はアニミズムをキーワードとして江戸庶民の造形感覚を探る本と言ったほうがよかろう。江戸庶民にとって信仰とはあそぶことを含むものであり、本書の書名『あそぶ神仏』はその本質を衝いている。(やすむら・としのぶ 萬美術屋)

ちくま学芸文庫
あそぶ神仏――江戸の宗教美術とアニミズム
辻惟雄著1200円+税

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