橋爪大三郎/法華経はどこが、最高の経典なのか


 法華経は、最高の経典である。
 少なくとも日本では、そういうことになっている。
 それはなぜかと言うと、最澄の伝えた天台宗が、そう教えているからだ。浄土宗の法然も浄土真宗の親鸞も、日蓮宗の日蓮も、天台宗のメッカ・比叡山延暦寺で学んだ。浄土宗も浄土真宗も、日蓮宗も、天台宗から分かれたようなものだと言っていい。そればかりでない。禅宗の道元も晩年、法華経を念じて過ごしたという。わが国の主立った宗派は、天台宗を下敷きに、法華経を最高の経典と考えているのだ。
 天台宗には、五時教判というものがある。
 これは、釈尊が三十五歳で覚りを開いてから八十歳で亡くなるまでを、五つの時期に分ける。華厳時(華厳経を説いた)→鹿苑時(阿含経を説いた)→方等時(維摩経、勝鬘経を説いた)→般若時(般若経を説いた)→法華涅槃時(法華経、涅槃経を説いた)、の五時である。そして、臨終間際の最後の時期に説いた法華経が、とって置きの大切な教えであるとする。
 教判とは、教相判釈を略した言い方。中国に伝わった膨大な経典を、説かれた時期に従って整理するものだ。天台大師の智顗がこの教判を立てる前にも、実はいろいろな教判が立てられた。そしてそれらは、法華経ではなくて華厳経を、最高の経典とするものが多かった。中国で、天台宗のあとに盛んになった華厳宗も、華厳経を最高とする教判をそなえている。だから日本で、天台宗が主流の位置を占めたのは、最澄のがんばりによる。
 ともかく法華経は、最高の経典である。そもそも法華経に、そう書いてある。
 では法華経は、しっかり読まれ、よく理解されてきたのか。
 日本に伝わった法華経は、漢文だった。鳩摩羅什が五世紀初めごろ、サンスクリットから漢訳したものだ。それを、日本人は読んできた。ただでさえ漢文はむずかしいのに、なかみもむずかしい。英語で素粒子物理学の論文を読むみたいで、歯が立たなかった。だから一般の人びとはナムミョーホーレンゲキョーと、題目を唱えていればよいとされた。
 ところが、転機が訪れた。二百年近く前、法華経のサンスクリット原本が見つかったのだ。失われたと思われていたのだから、大発見である。
 そのサンスクリット原本を、丁寧に検証し、鳩摩羅什の漢訳と照らし合わせ、読みやすい日本語に訳したのが、植木雅俊博士である。法華経の個人訳。大変な業績である。その植木博士と今回、対談できることとなった。この機会に、法華経をめぐる謎や不思議を、残らず解き明かしてもらおう。そのやりとりの一部始終が、この十月発売のちくま新書『ほんとうの法華経』に収録されている。
 サンスクリット原文と対照することで、法華経はそのほんとうの姿を現した。漢訳だけでは解決のつかなかった問題が、明らかになった。その見違えるような世界が、はじめて一般向けの書籍のかたちで紹介される。
 今回、植木博士との対談のなかで、明らかになった論点がいくつもある。たとえば、なぜ最初のいくつかの章で、声聞が授記されるのか、その理由が掘り下げられた。長者窮子のたとえで、息子がなぜ汚物掃除の仕事から始めるのか、その含意が検討された。不軽菩薩の名称とその行ないの意味するところが、徹底的に明らかにされた、などなど。
 法華経は、日本仏教の中心である。のみならず、仏教という運動が生み出した、最上の宝石である。
 法華経がわかれば、仏教がわかる。『ほんとうの法華経』を読み法華経を理解することで、釈尊の教えの本質をつかむことができるに違いない。

(はしづめ・だいさぶろう 社会学者)

ちくま新書
ほんとうの法華経
橋爪大三郎・植木雅俊著1100円+税

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