保阪正康/現象の裏にある不気味な存在をあぶりだす
この時代をどう捉えるか。何も高邁な理論や思想を基に論じるのではなく、生活者の目で捉えると、という意味になるのだが、その答がこの書の中に隠されている。
著者によると、〈話題の本やニュースに関連した本を取り上げ、書評と時評の間を行くような連載〉を続けてきたが(『ちくま』)、本書はその連載の中から二〇一〇年八月からの分を軸にまとめたものという。本書の魅力は著書の視点が明確にある一点に据えられているのと、文章が断定的な点にある。小気味よい文章だけに読む者をうなずかせたり、反撥させたり、あるいは怒りを極点にまで高くさせたりということはあろう。私自身は著者の見方に基本的に納得しているので、うなずくことのほうが多かった。
印象的な記述は数限りなくある。たとえば民主党の前内閣を担った野田佳彦氏を、〈養殖「ドジョウ総理」の不可解〉というタイトルで論じているが、〈一度も就職した経験がな〉い松下政経塾出身のこの首相はまさに「純粋培養政治家」だという。著者は〈社会問題に無関心だったことは、彼の経歴にも現れている。「非自民」と「反自民」は別物なのだ〉と喝破する。こんな首相のあとに歴史や哲学など知ったことではないという現首相が生まれるのは当たり前のことだったのである。
〈震災直後の震災特集はすべて「想定内」〉のタイトルでは、メジャーな論壇誌三誌を読み比べようと言って、『文藝春秋』『世界』『中央公論』を取りあげる。それぞれ特徴のある企画を組んでいるのだが、著者の結論は、〈「文春」が予定調和の儀式、「世界」が反体制派の集会なら、「中公」はさながら若手エコノミストが雁首揃えて無責任な未来を語るシンポジウム〉と手厳しい。
論壇誌の役割は何?と問い、つまりは月刊誌の言葉も思想も信念も実はなにひとつ変わっていないと言い、〈メディアと東電(または電事連)との癒着の構造を自ら開示〉することによって、〈メディア解体と復興への第一歩を踏み出せるんじゃないのか〉と問題提起を行っている。鋭い指摘である。
著者の筆は三つの特徴を持っているように思う。社会を見つめる目の確かな基準、人を分析するときの尺度の高さ、真贋を選別する知的な奥行きの深さ。むろんこれを支える感性があってのことだが。〈余計なお世話の「無縁社会」〉というタイトルでは、NHKスペシャル番組を起点に始まった無縁社会を論じる風潮を取りあげ、NHKスタッフの著した書を読みつつ、重要な視点での批判がくり返されている。
たとえば身元不明の「行旅死亡人」を一方的に「無念」の思いで死んでいったと決めつける傲岸さに、強い怒りを示す。彼らが無念であると、〈だれが決めたのか。まして当人の了解も得ず、その人生の軌跡を辿ることを彼や彼女は本当に望んでいるのか〉と著者は指摘するが、NHKのスタッフにはその視点はない。無縁社会の対極に位置する有縁社会から解放されての死かもしれないのだ。このことを論じた著者の末尾の一行は、〈幸せなご家庭で育ったスタッフの貧しい発想、あまりに単純な死生観〉で無縁社会を見つめ、論じる目への批判であり、これは秀逸な論点として記憶されるべきだ。
〈ヘイト・スピーチの意味、わかってる?〉では、表現の自由の視点でこれを捉える政治のお粗末さがヤリ玉にあがる。人種問題や差別問題に政府や国会が及び腰なのはなぜか。先進国で規制のないのはアメリカと日本だけ。〈国家そのものが差別に加担しているという現実〉が実は問題なのであり、石原慎太郎、安倍晋三、橋下徹の名をあげ、彼らが〈よいサンプルといえる〉と断定している。
著者の筆はこの社会の現象の背景にうごめく不気味な存在を見事にあぶりだしてくれる。本書はその点で単に勇気があるだけでなく、この国自体がまさに崩壊しかねない状況にあることを感得させてくれる。
実は時代が沈没していくプロセスにあると、まずは私たちもつぶやいてみるべきなのである。
(ほさか・まさやす ノンフィクション作家)
ニッポン沈没
斎藤美奈子著1600円+税
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