男ごころの謎に触れる/工藤美代子

 私は常に、自分ほど男のこころがわからない女はいないだろうと思っていた。
 男はいつでも、私にとっては謎であり、その行動の意味がさっぱりわからない。
 それは、多分、私が育った環境に起因しているのではないかと信じていた。私の両親は、まだ私が幼い頃に離婚し、家族は母と姉、それに二人のお手伝いさんと、重度の心身障害者の兄だった。兄は病気で、普通の生活はできなかったし、いつまでたっても三歳くらいの知能しかなかった。
 したがって、ほとんどが女ばかりという所帯で育ったわけだ。だから大人になってから、男の態度が全く理解できないときは、それは、おそらく家に父がいなかったために、男というものに接する機会がなかった自分の欠陥だろうと考えていた。
 しかし、『告白的女性論』を読んで、それが、まったく自分の思い込みであることを知らされた。なんだ、そうだったのかと、読みながら、何度も大きくうなずいた。
 私が男のこころをわからないのは、なにも私個人の責任ではないのだ。簡単にいってしまうとそうなる。
 つまり、男と女というのは、実にかけ離れた動物で、女の持っている物指しで男を測定しようとしたら、誰だって理解不能なものなのだ。それは、私に限ったことではないと本書は教えてくれる。
 だとすると、この本は女性論の一種には違いないが、実は男性の真実を吐露したものであり、女性こそが男性を知るために読むべき本かもしれないと思った。
 もちろん、今の草食系男子と呼ばれる男が読むのにも、ふさわしいだろう。なぜなら、もう読んでいる女が嫌になるほど、微に入り細を穿ち、女の本性をさらけ出している。だから、この本で武装して立ち向かえば、草食系男子も女に対して優位に立てるチャンスがある。
 それはともかく、男の心理がまったくわからない私にとっては、まさにあっけないほど、男ごころの切なさが描かれていて、まるで秘密の小部屋を覗き込んだ気分だった。
 私は、まだ若い頃に男が自分を食事や観劇に誘ってくれても、それが、女としての自分に興味を持っているからなのか、それとも単に友人として好意を寄せてくれているからなのか、どちらなのかが、どうにも判別できなかった。
 もう今の年齢になれば、親切な男がいたら、それは敬老精神の持ち主か、または仕事がらみのことなのだろうと容易に推測できる。女として悩む必要がなくなった身は、まことに気楽で安寧があるが、もう少し若い頃に、この本と巡り会っていたかったという悔恨の思いは消えない。
 男というのは、靴磨きの老女から、ちょっと声を掛けられても嬉しくなってしまう動物で、「男性の性的欲望は、ある特定の女性に対する、ある特定の場合に限ってのみ起るものではなく、女性一般に対して、いつでも、何処ででも、起り得るものだということだ。」と本書には述べられている。その性的欲望は相手の人格どころか、美醜にも関係がないのだそうだ。
 しかも、その欲望たるや、十六歳の若い少年から、大会社の重役にいたるまで本質的には、なんら変わりないというのである。
 こういうことをいわれたら、女は実に困ってしまう。だって、自分は選ばれ、望まれて、ようやく相手と結ばれるのだと、思うからこそ、恋愛は甘美なものになるのだ。
 でも、そんなのは大甘の感傷だとばっさり切り捨てられると、もうどうしようもない。やっぱり若い頃にこの本に出逢わなくて良かったかもしれない。男の本性を知っていたら馬鹿馬鹿しくて恋愛なんてできなかったかもしれない。いずれにしても、この赤裸々な男ごころの告白は妙な迫力と真実味があった。
(くどう・みよこ 作家)

『告白的女性論』
北原武夫著
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