キリスト教美術の批判的読み解き/秦 剛平

 ちくま学芸文庫から、三か月立て続けに本を出す。
 一冊目が『美術で読み解く 新約聖書の真実』、二冊目が『美術で読み解く 旧約聖書の真実』、そして三冊目が『美術で読み解く 聖母マリアとキリスト教伝説』である。この三冊にはいずれも「美術で読み解く」が、その後につづく表題にかぶせられている。わたしは表題部分を語る手段として「美術」を用いたのである。わたしは一冊目の「はしがき」で、ここでの「美術」が西洋キリスト教美術のことであり、そこで取り上げる個々の作品は「感動」ではなく、「批判」の対象として意識されると宣言したが、それには少しばかり説明が必要かもしれない。
 わたしの専門はヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教の文献研究であり、その翻訳紹介である。わたしはこれまで紀元後一世紀のフラウィウス・ヨセフスの全著作を翻訳紹介し(ちくま学芸文庫)、つぎには四世紀の最初の教会史家と呼ばれるエウセビオスの作品を二点ばかり紹介し、さらに紀元後一世紀のフィロンやギリシア語訳聖書の翻訳をも手がけている。なんだか、「何でも屋」(Jack of All Trades)に成り下がった感がしないわけではないが、最初のわたしの出発点であるヨセフスを、受容史をも含めて、よく理解しようとすると、迂遠な道草が必要となる。そしてその道草の過程でもつに至った思いは、「西洋キリスト教世界における神理解は何だかおかしくないか」というものである。その思いを強烈なものにしたのは、中世のキリスト教世界で神が人間として描かれることを知ったときである。もちろん、それを支える神学が、キリスト教がローマ帝国の公認宗教のひとつとなり、帝国の国教への道を歩みはじめた四世紀にできていたのである。
 その神学とは三位一体の神学である。
 神と、神の子と、聖霊がその「位格」において同じだというのである。「位格」とは何か。いくら知恵あるようにお見受けする聖職者に説明をもとめても、ご自身で咀嚼した言葉では語ってもらえなかった神学用語である。しかし、この語ってもらえなかったものの内実を教えてくれたのがキリスト教の絵画である。わたしが三位一体の絵画を収集しはじめたのはいうまでもない。収集した画像に見る神はいずれもすっかり年老いた醜悪な「人間」であり、わたしが期待していた、人間を超絶する高みや深みはどこにもなかった。神の画像の収集はわたしに失望以外の何ものももたらさなかったが、それはまた、西洋キリスト教世界について新しい認識をもたらしてくれた。それは、三位一体の神学が三神教であるという認識である。三位一体を生み出したキリスト教世界は、実は、一神教の世界ではなかったのである。これにマリア崇拝が加われば三神教は四神教となり、教皇が加われば四神教が五神教となり、さらにそれに聖人崇拝が加われば、これはもう完全な、「多神教」の世界なのである。わたしはこれまで西洋キリスト教世界が基本的には一神教の世界であるとばかり無邪気に信じてきたが、そうではなかったのである。
 この認識に立つと、今度は見えてこなかったものまで見えるようになったから不思議である。そしてその体験から、今回の「美術で読み解く」シリーズが誕生したのである。
 第一分冊と第二分冊では、新約や旧約を読んでいてこれはおかしいぞと感じたことが取り上げられている。第三分冊では、三位一体を独立した項目として扱ったが、聖母マリアや反ユダヤ主義も取り上げられている。反ユダヤ主義は日本の美術史家によってよく取り上げられる主題ではないが、本書にもそれを入れた。わたしが冒頭で、キリスト教美術の作品を「批判」の対象としたと述べたが、その意味合いの多義性が、お分かりいただければ幸いである。
(はた・ごうへい 多摩美術大学教授・新図書館館長)

『美術で読み解く 新約聖書の真実』詳細
『美術で読み解く 旧約聖書の真実』11月刊行予定
『美術で読み解く 聖母マリアとキリスト教伝説』12月刊行予定

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