面白さ保証つきのエッセイ集成、遂に五冊/日下三蔵

 山田風太郎の小説が面白いことは誰しも認めるところだろうが、実はエッセイも負けず劣らず面白い。自身の作家デビュー以前に、ミステリ雑誌の編集者として山田風太郎に接していた阿佐田哲也(色川武大)は、「現在までのところ、山田さんにとって傍系の仕事の観のあるエッセイの類は、完全に愛読者であって、真似しようにも真似のできない面白さである」(『怪しい交遊録』)と述べているほどだ。
 阿佐田哲也は麻雀小説の作家として売り出す前に井上志摩夫名義でおびただしい数の時代小説を書いているが、いま読んでみると、題材から小見出しのつけ方に至るまで、山田風太郎の時代ものの影響が明らかに見てとれて興味深い。つまり風太郎に私淑して、小説においては「真似」を試みた阿佐田哲也が、エッセイに関しては「真似のできない面白さ」だというのだ。
 実際、室町ものを除くとほとんど新作の発表が途絶えていた九〇年代にも、多くの風太郎作品が刊行されているのだが、忍法帖やミステリの復刊と並んで、『戦中派不戦日記』『人間臨終図巻』といった異色のノンフィクションや、あるいは『死言状』『あと千回の晩飯』などの透徹した死生観を備えたエッセイ集が、読者の注目をおおいに集めた。『いまわの際に言うべき一大事はなし。』『コレデオシマイ。』など晩年に相次いだロング・インタビュー集の刊行も、山田風太郎の肉声をもっと聞いてみたいという読者の要望に応えたものだろう。
 各誌に発表した随筆をまとめたエッセイ集としては、『風眼抄』(79年/六興出版)、『半身棺桶』(91年/徳間書店)、『死言状』(93年/富士見書房)、『あと千回の晩飯』(97年/朝日新聞社)、『風太郎の死ぬ話』(98年/角川春樹事務所)の五冊があるが、作家生活が長いだけにこれらに未収録のエッセイも相当数あることは分っていた。
『山田風太郎明治小説全集』(筑摩書房)を作った担当者に、「風太郎さんの本になっていないエッセイが二、三冊分あるんですが……」と漏らしたのが二〇〇五年。すぐに企画が決定し、書籍化に向けての苦闘が始まった。
 山田風太郎の作品リストを公開しているストラングル成田氏のサイト「密室系」(http://www2s.biglobe.ne.jp/~s-narita/new/index.htm)の掲示板に、全国の愛読者から次々と未収録エッセイの情報が寄せられていたので、それなりのボリュームの本が作れるだろうという目算はあったが、幸いなことに啓子夫人から風太郎さんが生前に作っていたスクラップブック「風眼帖」をお借りすることができ、考え得る万全の態勢で編集作業に臨むことができた。
 計算してみると、二、三冊どころか、未刊行エッセイは、ゆうに五冊分はあった。うれしい誤算だったが、どこまで本にできるかは売れ行き次第という状況で、手探りの船出でもあった。ともかく第一集『わが推理小説零年』をようやく形にできたのが〇七年七月のことである。
 当時の日記を見ると、「三ヶ月に一冊のペースで続刊予定」などと書いてあるが、第二集『昭和前期の青春』は同年十月に出せたものの、第三集『秀吉はいつ知ったか』と第四集『風山房風呂焚き唄』は翌年の九月と十二月という有り様でお恥ずかしい限り。これは当初、第三集に予定していた内容を、増補して二冊に振り分けたためである。とはいえ、刊行の遅れによって、読者の方からのご教示で後の巻に収録できたエッセイもあり、結果的には良かったと思っている。
 一方、「全作品単行本未収録」と謳いながら確認ミスで『風眼抄』所収の「昭和六年の話」を『昭和前期の青春』にも入れてしまったのは痛恨のミスであった。
 今回お届けする『人間万事嘘ばっかり』で、断簡零墨の類を除いた手持ちのエッセイは、ほぼ本にすることができた。山田風太郎の愛読者として、このシリーズを編む機会に恵まれた幸運に深く感謝したい。
(くさか・さんぞう ミステリ研究家/フリー編集者)

山田風太郎エッセイ集成
『わが推理小説零年』 詳細
『昭和前期の青春』 詳細
『秀吉はいつ知ったか』 詳細
『風山房風呂焚き唄』 詳細
『人間万事嘘ばっかり』 詳細













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