鈴木清順監督の名言集/四方田犬彦

 鈴木清順さんは飄々たる監督である。すっとぼけて細心。心優しくてニヒル。ものごとに構えずという風であって、しかも華麗にして残酷。わたしが氏の謦咳にはじめて接してから早三十数年の歳月が経過したが、いまだにその佇まいの一見した平静さと発言の過激さの対照に驚かされてしまう。今回はその清順さんの書きものが纏まって刊行されるので、ここでは文字にならなかった彼の言葉を拾ってみたい。映画祭の壇上で、講演会の席上で、またインタヴューの場で、わたしが折りにふれ聞かされ、ときに絶句し、ときに後になってその深い意味が理解されたというような発言のいくつかである。


「『陽炎座』というのは鏡花の原作ですね。鏡花はお好きですか」
「あれは、そうですか。鏡花がモトだったのですか。脚本を渡されて撮っただけで、鏡花は読んだことがないから……」
(四方田、絶句。金沢での泉鏡花映画祭の壇上で)


「批評家についてどうお考えですか」
「まあいろいろ人にいわれるけれど、撮ってるものに意識を託すとか、そういうことはないんだよね。いい加減なものといった方がいいんじゃないかなあ、映像ってやつは」
(新作インタヴューの席上で)


「今回の『夢二』は画家の竹久夢二を……」
「あれは『夢2』という意味です。黒澤さんの『夢』の続編というだけのことですね」
(四方田、絶句)


「こないだこちらに『クイズ面白ゼミナール』の鈴木健二さんがお見えになりましたわ。弟さんでいらっしゃいますわね?」
「(いかにも冷静に)あれは妾腹の弟です」
(高級料亭の女将、卒倒せんばかりに絶句。もちろんこれは大嘘で、鈴木兄弟はともに仲良く旧制弘前高校を卒業している)


 切りがないから、もうここらでやめておくことにする。およそ清順監督にインタヴューを仕掛けることほど難しいことはない。通り一遍の質問をすればたちまち打っちゃりを食らわされるし、生真面目な質問をしても足払いを仕掛られてしまう。かと思うと、戦後生まれの若造にはとうてい口に出来ないような過激な発言が、ポンポンと口を衝いてでる。「総統というのはヒトラーにこそふさわしい。蒋介石には似つかわしくない称号だ」とか、「昭和という年号はどうもよくない。大正に戻せば世の中は平和になるのに」とか。もちろんこれは関東大震災の年に生を享けた人だからこそいえる、悲しみと諧謔に満ちた言葉である。
 最後にもうひとつ。これは深い言葉。
「戦争の体験談とは親が子供にすべきもので他人にすべきものでは本来ないような気がする」


 何年か前に用事があって、春なかばの弘前を訪れたことがあった。桜が弘前城址のお堀端にどこまでも続いていて、実にいい景色だなあと思った。そのとき突然頭に閃いたのは、監督の青春映画の名作『けんかえれじい』に登場する夜桜とは、実はこの桜並木の記憶に由来するのではないかという仮説だった。先にも述べたように、清順監督は旧制弘前高校の出身である。正体見たり。わたしはさっそく清順さんに絵葉書を出した。きっと苦笑されたことだろう。わたしは監督のエッセイ集をここに纏めることができたのを、心から嬉しく思いたい。
(よもた・いぬひこ 映画史/比較文学)

『鈴木清順エッセイ・コレクション』 詳細
四方田犬彦編

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