震災以降、人々は横に繋がるようになった/山崎ナオコーラ

 六十五歳以上の人口が総人口に占める割合が二十一パーセントを超えた社会は、超高齢社会と定義される。今のところ、日本は世界で唯一の超高齢社会である。ところで、日本は唯一の核被爆国である。すなわち、これまでの歴史を自覚しながら、私たちはこの国で長生きしていくのだ。
 さて、東日本大震災が起こった際に人々が騒動を起こさなかった、規律を守った、ということが他の国から讃えられているらしい。
 私は自国第一主義ではないから、こういったことを「国民性」というような言葉を使って誇ることは決してしたくない。そういう言葉を使うと、はみ出る人たちを作ってしまうからだ。様々な人たちの、色々な意見を尊重できてこその「成熟した国」である。ひとつになることが素晴らしいだなんて、安易に言いたくない。
 自分が生きている場所は、自分が繋がっている人たちは、こういう場所だ、こういう人たちだ、ということを忘れたくないとは思っている。育った環境から切れて、自分がひとりで存在するということはあり得ないと感じるからだ。
 助け合って生きていきたい。誰かを非難したり排除したりということは一切したくない。
 私は生き残った者の務めとして、生き続けなければならない。日本の医療はさらに発達していくだろうから、今後の私の人生はかなり長くなる。年長者が多い社会で、助け合いができるのは、決して家族の間だけではない。私は老後を家族だけに任せるつもりはない。かといって、「この国の政治家たち」というような曖昧な集団にリーダーシップを取ってもらって自分の人生を運営しようとも思わない。私は、周りにいる人たち、会ったことのない農家の人や、近くのスーパーの店員さんたち、ひとりひとりに支えられていくし、その人たちひとりひとりを信用し続けることで生きながらえる。本を読むのも、絵を見るのも、遠くの人を信じているからできる。そして、超高齢社会では、結婚相手と添い遂げることは難しいだろうし、血縁の間柄だけで愛情の遣り取りをするのも限界があるだろうから、やはり大事になってくるのは友人関係に違いない、とにらんでいる。
 友人関係は、血縁関係や恋愛関係に比べて、淡いと思われがちである。まあ、そうかもしれない。たとえば、男友だちの安否が気になっても、無駄なメールは控えろと新聞に書いてあったので、私は恋人以外の異性には誰にも連絡を取らなかった。それでも、ブログを覗けば更新されており、ほとんどの人の安否はわかった。
 それ以外のことも垣間見られた。ネットを開けば、いろいろな人が様々な遣り取りを交わしていた。たとえば、「国」が発表する情報を信じることができなくて不安がる若い女性に対し、同じく若い女性が「私も乳飲み子を抱えていますが、理系なので計算ができます」と、水道水の成分に関する計算式をツイッターに上げていた。勿論、素人であるから、「先ほどのツイートは間違えました」と言い直すなど、ミスも散見された。多くの書き手が情報のプロではない。遣り取りの失敗は多々見受けられ、ネットの難しさも痛感せざるをえない。もしも情報発信者がプロだったり、「国」だったりすれば、情報の受け手は、受け身のまま、「話が違うではないか」と相手をバッシングすればいいだけのことだ。しかし、フラットな関係性の中では、バッシングは意味を成さない。相手を許し、自分も許される。不完全な人たちが、お互いの不完全さを認めながら、情報の遣り取りをしていた。私はここに、活路を見出した。
 震災以降、人々は、決して「お上からの情報を、待ちの姿勢で受けていればいい」と甘えることも、「自分の家族だけが無事ならばいい」と小さなコミュニティに埋没することもせず、他人と交流し、助け合おうとし始めた。つまり、「個人」という意識を強く持てるようになったのではないだろうか。
 緩やかな繋がりを、遠くまでのばしていくこと。超高齢社会の中で生きていくコツは、これに尽きるのではないか、と私は思う。
 私は個人である、ゆえに友だちを作る。
(やまざき・なおこーら/作家)

『男友だちを作ろう』 詳細
山崎ナオコーラ 著

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