3・11以降の霊魂観/新谷尚紀

 二〇一一年の3・11大震災は、これからの日本の先行き不安さらには崩壊へという歴史を暗示しているかのようである。亡くなった大勢の犠牲者に深く哀悼の意を捧げるとともに、先祖から伝えられた土地や家屋を放棄して故郷を失わなければならなくなった多くの方々のことを思うと、自分たちの非力を思い知らされる。そして、恐怖の放射能汚染を生み出してきている「政治」「経済」「科学」の問題体質の度し難い現状に暗澹たる思いになる。そんな悲しさを超えて現実をみるとき、あらためて近代日本の歴史がおよそ四〇年周期で天国と地獄の上下運動を刻んできていることに気づく。
 一八六八年の明治維新の日本は幕末の膨大な金の流出と不平等条約の屈辱のどん底にあった。そんな日本が四〇年後の一九〇八年には日露戦争に勝利していた。しかし、四〇年後の一九四八年には空襲と原爆でどん底に落ちていた。その四〇年後の一九八八年には金満大国バブル日本となっていた。次の四〇年後の二〇二八年には日本は再び機能不全のどん底に落ちている可能性がある。分水嶺は二〇年目にある。最近の二〇〇八年、それは政権交代の虚構、軽率ポピュリズムと虚弱な政治、官僚支配の強化(官僚とは犯罪以外は責任を問われない巨大な行政権力)、その内部での集団的で追随便乗無責任体質の修復不能化へ、という分水嶺のようである。自立的で弁証法的な議論と智恵の対抗的交流による抜本改革への歴史を進むことはもうできないのか、その瀬戸際にある日本を襲ったのが3・11であり、まだ修復可能の日本へという舵取りを促しているかのようなのである。
 新編『霊魂観の系譜』は、あの数えきれない多くの死者の悲惨な姿を目の当たりにした3・11の経験の中から、人間の死という現実に対して、私たちが、どのように向き合えばよいのかを教えてくれる本である。自宅での死亡から病院での死亡へ、土葬から火葬へ、近隣縁者の手伝いから葬儀社の利用へ、などの大変化が列島規模で起こったのは昭和四〇年代のこと、その約四〇年後の現代人にとって学ぶところが多い。
 3・11の被災地で大きな問題となったのは膨大な数の遺体の葬送方法であった。ドライアイスもない劣悪な遺体保存の状況下で衛生上の配慮から選択されたのは、急ごしらえの埋葬地への一斉埋葬であった。昭和三〇年代までほとんど土葬だった東北地方なのに、遺族たちはそれをあくまで緊急避難的な処置であり、正式の葬送とは受け止めなかった。四月からは各地で一斉に遺体を掘り起こして荼毘に付し、家ごとの墓地へと納骨する動きが起こった。宮城県によれば、石巻市や気仙沼市はじめ六市町では一一月半ばまでに二一〇八体すべてが掘り返され荼毘に付されたという。昭和四〇年代以降に新たに普及した火葬であっても、それから四〇年が経った今ではすでに定着していたのである。「グラウンドなどへの一斉埋葬」は、かつて伝統的であった「墓地への土葬」とはまったく別物だったのである。
 最近は、日本各地で葬祭ホールでの葬儀が急速に普及するなど葬送墓制の民俗の変化が大きい。しかし、それは遺体の処理をめぐる簡便化だけである。葬送を構成する基本的な三要素とは、遺体、霊魂、社会、それぞれの処理である。社会の処理とは、家族や会社などで故人が果たしていた役割の補完更新であるが、それ以上に霊魂の処理という問題は、オカルトなどに騙されることなく現代人が今思慮を深めていくべき重要な問題である。数年前の「千の風になって」という歌の流行の背後にも確実に、伝統的な霊魂観からの変化が読み取れる。本書は日本の伝統的な霊魂観念、その特徴とは何であったのかを歴史と民俗の中に訪ねていねいに説いている。著者の得意とするシャーマニズムが深く論じられており、柳田國男の祖霊観と折口信夫の巫女観という二人の巨人への格好の案内書ともなっている。日本文化の中の霊魂観を学ぶ上で最適な一冊といってよい。
(しんたに・たかのり 民俗学者)

『新編 霊魂観の系譜』 詳細
桜井徳太郎著

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