中世日本対外関係史のススメ/橋本雄

 世紀末頃、巷間にかまびすしかったグローバリゼイションのよび声は、いまやほとんど耳にしなくなった。行き着くところまで行き着いた、ということもあるだろうが、むしろそれにより生じたさまざまな矛盾に苛まれ、しかもどう対処してよいのか皆目分からない状況に我々が追い込まれているせいだろう。
 たとえば、北海道に住んでいると、TPP交渉問題には否応なく敏感にならざるを得ないし、毎年、地球温暖化の影響をひしひしと感じている。放射能汚染水の垂れ流しや隣国の汚染大気流入などの問題すら、新自由主義的な国際社会レジームと無関係ではありえない。国際的相互依存はますます強まり、国境をまたぐ人・物・情報、そしてカネの往来はいや増すばかりである。しかも、現実社会が生んだはずの国境を超えたサイバー空間に、逆に我々が踊らされている。詐欺や偽装、特許侵害、タックス・ヘイヴン……こうした言葉を聞かない日はないほどだ。我々は、まさに生き馬の目を抜くような時代に生きている。
 そうした地球規模の憂き世のなかで何らかの指針やヒントを求めようとする際、具体的な縁になるのが、とりわけ国際関係の歴史であろう。規模や性格に違いはあれども、大抵の事柄の萌芽は、歴史のなかに見出すことができる。この激動の時代に、過去の歴史に学ばない手はない。とりわけ、ナショナリズムの角逐が目立つ東アジア地域にあっては、前近代にさかのぼる過去の歴史を参照し、そこからともに学ぶことが必須である。単に居丈高でもなく、ナイーヴに「ごめんなさい」でもない、事実にもとづく冷静な議論こそが必要なのだ。
 幸い、日本の歴史学界においては、堅実な実証主義にもとづく成果が多数公刊されている。私自身が中世史専攻だから、というわけではないが、ボーダーレスという特徴を有する中世は、現在の国際社会を考える上でも大きなヒントをもたらしてくれる、希有な時代だ(田中明彦『新しい中世――相互依存深まる世界システム』日経ビジネス人文庫、村井章介『海がつないだニッポン』NHK出版・同『中世倭人伝』岩波新書、など参照)。
 ありがたいことに、近年、ちくま学芸文庫をはじめとして、中世日本国際関係史にかかる名著が陸続と公刊されており、手軽にその成果の恩恵に浴することができるようになった。
 たとえば、村井章介『増補 中世日本の内と外』・同『世界史のなかの戦国日本』(ちくま学芸文庫)は、八~一七世紀の日本列島とそれをとりまく東アジア国際情勢を知るうえでもっとも手頃な書物である。前者は、「自尊と憧憬」「人の境、国の境」「鎌倉幕府と武人政権――日本と高麗」といった視角から中世日本の国家像・対外観に肉薄し、「アジアの元寇」「中世の倭人たち」などを論ずることで、国家のもつ虚妄性を見事にあぶりだしてみせた。後者は、ヨーロッパ勢力(「近代世界システム」)の東漸により世界史の舞台に本格的に躍り出た中世日本社会を、南北の境界領域(蝦夷地・琉球王国)も含めて広やかに照射する(琉球王国については高良倉吉『琉球の時代』ちくま学芸文庫、も逸せない)。そこかしこに、軽やかに国境や国家を超えるマージナル・マンを我々は発見し、また良い意味で曖昧な各国の外交体制を知ることもできる。言うなれば、ヨーロッパ起源の近代主権国家の功罪がそこここにあぶりだされるわけであり、むしろ我々は、いわゆる「近代」に積極的に異を唱える歴史的経験を持ち合わせていることを誇りに思っても良いだろう。
 そうしたアジアのゆるやかな外交貿易体制のあれこれを簡便に知るには、このほど文庫化された田中健夫著/村井章介編『増補 倭寇と勘合貿易』(ちくま学芸文庫)が有用である。原著は一九六一年の作品だが、いまなおこれを凌駕する一四~一六世紀の対外関係通史は世に現われていない。時代を感じさせる表現や内容もないわけではないが、その点、村井氏の解説が注意を喚起しているので、併せ参照していけばまったく問題がない。
 上記のような、中世日本を取り巻く国際関係史の良書群が出揃いつつある今なればこそ、それらをひもときつつ、現在の日本の外交や貿易に思いを馳せてみてはいかがだろうか。
(はしもと・ゆう 北海道大学大学院准教授)

『増補 中世日本の内と外』詳細
村井章介著

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