アンソロジストを超えて―東雅夫編『日本幻想文学大全』全三巻に寄せて/紀田順一郎

 このところ精力的に刊行される東雅夫さんの幻想文学アンソロジーを、私はとても楽しみにしている。アイディアが独創的で、とかく古めかしいイメージの伴いがちなこのジャンルに、活力と新鮮さを吹き込んでいるように思われる。
 今回「ちくま文庫」から出る『日本幻想文学大全』全三巻にしても、漱石や鏡花などの近代文学を中心に据えながら、『源氏物語』『今昔物語』から倉橋由美子、小松左京までを視野に収めたスケールと、三巻目に『日本幻想文学事典』を用意するという、意表をついた構成には、ただ唸るばかりである。
 思うに、幻想怪奇文学なる分野で、とくにアンソロジーが重要な役割を果たす理由は、名作、佳作といえるもののほとんどが短編に属するからだろう。とかく〝物の怪〟の描写は簡潔で凝縮された文章に限り、冗長な文章などはお呼びではない。
 近年の幻想怪奇文学の盛行は、もとをたどれば高度成長末期の〝異端ブーム〟に端を発しているが、その中心となった有力なアンソロジーとして筒井康隆編『異形の白昼―現代恐怖小説集』と、種村季弘編『ドラキュラ・ドラキュラ』(ともに一九七三年刊)があった。前者は星新一「さまよう犬」から戸川昌子「緋の堕胎」にいたる十三篇を収録した現代作家オールスター・キャストの怪談集で、後者は佐藤春夫訳のポリドリ「吸血鬼」を中心とした西洋古典ものの集成だった。ちなみに佐藤訳は、じつは昭和戦前に佐藤の門人だった平井呈一の訳で、私はこのことを平井の直話で知った。いずれにしても、この二冊のアンソロジーは幻想怪奇小説の読者を増やすことに貢献し、『異形の白昼』はこの九月に、東さんの解説つきで「ちくま文庫」に編入されたのはめでたい。
 私自身もアンソロジーを手がかりに、このジャンルに入門した。代表的なのはまだ学生だった一九五六年の夏、ハヤカワ・ミステリの一冊として出た『幻想と怪奇―英米怪談集』(1・2)である。イギリス近代怪奇小説の定番ともいうべきシェリダン・レ・ファニュの「緑茶」を先頭に、日本の怪談噺とはひと味異なる名作が十数篇並べられていた。その夏は例年以上に暑く、私は近県のさびれた温泉地の民宿に、一週間ほど立てこもり、卒論まとめに大汗をかいていたのだが、一向に捗らず、ついつい頭休めにと携行した怪談アンソロジーのほうに手がのびてしまうのだった。ドナウ川上流に密生する柳の原始林が、ザワザワと葉叢を翻しながら人間を襲うというブラックウッドの有名な「柳」もこのときが初読で、まだ冷房の普及していなかった民宿の深夜を、大いに魘されまくったものだ。
 こんな調子では卒論がものになる道理はなかったが、本アンソロジーとの出会いは、幻想怪奇小説に入門する契機となった。
 おそらく東さんにしても、いろいろなアンソロジーを読破したことは疑いないが、雑誌「幻想文学」の編集に携わるうちに、アンソロジーを読むことよりも自ら「編む」ことに魅力を覚えるようになったに相違ない。アンソロジーは、編者の視点次第で古い名作にも新たな息を吹き込んだり、埋もれた佳作を発掘することができる。そのようなオールマイティー性を手にしたアンソロジストが、現在の東さんといえよう。
 世界的なアンソロジストとして、日本でも知られたイギリスのピーター・ヘイニングは、二〇〇七年に六十七歳で亡くなるまでに、百三十冊以上のアンソロジーを編纂した。東さんも現在のペースならば、ヘイニングの塁を摩することになるのではないかと思うが、一つ異なるところは、たとえば東北大震災に際して、怪談に〝鎮魂の文芸〟という意味づけを行ったように、幻想文学の再発見、再定義に向けて活動の幅を広げていることだろう。こうした活動によって、日本の幻想文学史のシーンが大きく塗り替えられるような予感を持つのは、私一人ではあるまい。早くも次回アンソロジーに期待するゆえんである。

『日本幻想文学大全(全三巻) 幻妖の水脈』詳細
東雅夫編


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