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週刊文豪怪談 連載第1回 「妖しき文豪怪談」放映決定!
東 雅夫

 ちくま文庫版「文豪怪談傑作選」シリーズは、二〇〇六年七月刊行の『川端康成集 片腕』を皮切りに、毎年夏場に数点ずつ、巻を重ねてきた。
 当初、刊行が決定されていたのは最初の四巻までで、それ以降は、反響と売れ行き次第で続刊も……という手探り状態のスタートだったが、さいわい、お化け好きや文豪好き(!?)な読者諸賢の御支持を得て、この夏発売される『芥川龍之介集 妖婆』と『幸田露伴集 怪談』で、総計十五冊に達するまでに成長した。過去にいろいろなアンソロジーを手がけてきた私だが、これだけ息長く続くシリーズは珍しい。











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 担当編集者のKさんと私は、Kさんが前の会社にいらしたときからの知り合いで、そちらでも「江戸っ子ホラー作家・岡本綺堂」などという酔狂な雑誌特集のお手伝いをさせていただいたりしていたのだが、ちくま文庫を新規に担当されるにあたり、「何か、とっておきの企画はありませんか?」と相談を受けて、いそいそと提案したのが、「文豪」の「怪談」を蒐めた一巻本アンソロジーのプランだったのである。

 日本文学史に赫々たる功績を残した名だたる文豪たちには、実のところ、かなりの割合で「お化け好き」の士が含まれている。
 すでに本シリーズに収めた作家以外にも、夏目漱石しかり、坪内逍遙しかり、志賀直哉しかり、坂口安吾しかり……むしろ生涯に一作も、こうした傾向の作品を手がけていない作家を探すほうが難しいくらいなのだ。

 しかも、文豪たちの怪談には、達意の名作、珠玉の佳品が数多い。

「文学の極意は怪談である」という佐藤春夫の言葉(『三島由紀夫集 雛の宿』p261を参照)を引くまでもなく、ありえざる出来事を言葉のみで表現することによって、読者を震撼させたり、感興に浸らせたりすることは、容易な業ではあるまい。
 その意味で、それぞれの流儀で文学の極意を会得したことで、後に「文豪」の名を冠された作家たちが、怪談に秀でているのは理の当然であるし、それゆえにまた、作家として一度は挑戦してみたいジャンルでもあることだろう。

 その一方で、読み手の側からすれば、「怪談」という新たな視点から眺めることで、「文豪」という美名に隠れがちな作家本来の姿や意外な魅力が、再認識される面白さがあることも忘れてはなるまい。
 現に『川端康成集 片腕』や『小川未明集 幽霊船』などには、特にそうした御感想を多く頂戴している。日本人初のノーベル文学賞作家が、実は性愛と心霊の世界を生涯にわたり追求した人であったり、日本児童文学の開祖となった童話作家に、怪談作家という知られざる別の顔が秘められていたり……その意外性たるや、まことに興趣尽きない。

 さて、今年の夏は「文豪怪談傑作選」シリーズにとって、特別な夏となることを、ここで唐突に御報告しておきたい。
 NHKエンタープライズ企画制作の「妖しき文豪怪談」というシリーズ番組が、NHK−BShiで、8月23日から26日まで四夜連続、22:00から23:00までの時間帯に放映される。
「文豪怪談傑作選」でもおなじみの川端康成、太宰治、芥川龍之介、室生犀星という四人の文豪たちの怪談世界を、撮り下ろしドラマとドキュメンタリーで紹介するという画期的な試みである。
 なにより画期的なのが、ドラマ・パートを担当する顔ぶれだ。

 第1回が、落合正幸監督による川端康成「片腕」。
 第2回が、塚本晋也監督による太宰治「葉桜と魔笛」。
 第3回が、李相日監督による芥川龍之介「鼻」。
 第4回が、是枝裕和監督による室生犀星「後の日の童子」。

 いかがであろう、思わず眩暈を覚えるような凄い陣容ではあるまいか。
 実を申せば不肖ワタクシ、この番組に、昨秋の企画起ちあげ時点から監修役として関わってきたのだ。もちろん筑摩書房の編集Kさんにも、全面的に御協力をいただいている。
 この連載では、今年の「文豪怪談傑作選」をめぐる動向とともに、「妖しき文豪怪談」制作の楽屋裏もリアルタイムでお伝えしていきたいと思っている。御愛読いただければ幸いである。

東雅夫(ひがし・まさお)
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家。元「幻想文学」編集長、現「幽」編集長。著書に『遠野物語と怪談の時代』『怪談文芸ハンドブック』、編著に『文豪てのひら怪談』など
http://blog.bk1.jp/genyo/