筑摩書房 INFORMATION&TOPICS

 「……いつの年も、末ちかくあらわれ」と始まるのは、怪奇幻想SFの抒情詩人レイ・ブラッドベリの名作『10月はたそがれの国』(宇野利泰訳)巻頭に置かれた印象的なエピグラフだが、われらが〈文豪怪談傑作選〉では毎年、春先になると、筑摩書房の担当Kさんが軽やかにあらわれて、小鳥のさえずりの如きハイトーン・ボイスで、こう告げる。

 「今年もまたー、文豪怪談を御準備いただく季節になりましたー」

 その瞬間、いつも思うのは、あれれ、もう一年経ったのかあ、ということ。
 ついこのあいだ、Kさんも私もヘロヘロになって、去年の巻を校了した気がするのに……まさに光陰矢の如し、である。

 最初の年を除くと、通常巻を二冊に特別篇を一冊(ただし本年は、ちょいとゆえあって通常巻のみ。その理由はいずれ更めて告知させていただきます)という布陣で臨んでいるわけだが、巻数が少ないからこそ、どんな作家をチョイスするのか、悩みは尽きない。
 そもそも、このシリーズは、当初から巻立てが決まっていたわけではないし、前年の売れ行きとか読者の皆さまからの反応などを勘案しつつ、その年のラインナップを決めるという方針で臨んでいるため、仕事はじめの作業は「今年は誰を取りあげようか」の相談となる。

 一昨年の小川未明と室生犀星のときは、私が主宰している「幻妖ブックブログ」でアンケートをおこない、特にリクエストが多かった両作家に決定したのだが、その前の柳田國男と三島由紀夫、昨年の太宰治と折口信夫については、アンソロジストの野生の勘(?)と、担当編集者のバランス感覚の鬩ぎ合いの産物である。
 それでも何となく、二人の作家の間に繋がりが生ずるのは、面白い。
 三島の巻には、柳田の『遠野物語』を称揚した「小説とは何か」と「柳田國男『遠野物語』」が収録されており、折口の巻には、太宰を追懐した「水中の友」という幽玄な一文が収められているのだ。

 さて、今年は芥川龍之介と幸田露伴という組み合わせになったわけだが、芥川については、これまでとは異なる決定の経緯があった。
 昨年の秋口、NHKで放送される番組の企画制作を担当するNHKエンタープライズの浜野高宏プロデューサーから私のもとに、折り入って相談したいことがあるのだが……という連絡をいただいた。
 浜野さんは以前、その名も『異界』と銘打つ、日本の怪談文化を海外に紹介する教養番組を制作されており、私も『幽』(いちおう日本初の怪談専門誌なのだ)の編集長として、取材に協力したことがあった。

 その御縁で声をかけてくださったのだが、聞けば、『異界』の好評を受けて、今度は「文豪と怪談」をテーマにしたシリーズ番組を企画されているというではないか。
 しかも、文豪怪談を原作とするドラマ・パートと、作家の生涯と怪談との関わりを浮き彫りにするドキュメンタリー・パートとの二本立てによる構成を勘案中だという。
 さらにさらに、ドラマ制作にあたっては、いま第一線で活躍中の映画監督たちを起用し、それぞれの個性を発揮して文豪たちの怪談世界を視覚化する、競作形式を採用するつもりであるとも……。












 この構想を聞かされた私が、内心、小躍りして歓んだことは申すまでもあるまい。
 まさに「きた、きた、きたーーーーーーーーーッ!」の心境であった。
 それと同時に、やはり内心、冷静沈着(?)なもうひとりの自分が、こう呟いたことも正直に告白しておこう。
「でもなあ、いくら天下のNHKさんとはいえ、そんなに上手く事が運ぶのかしらん……」
 浜野さん、ごめんなさい。おみそれいたしました。敏腕プロデューサーの手腕によって、依頼はとんとん拍子に進み、(当方の認識としては)あれよ、という間に、四人の監督さんと、担当される作家のラインナップが固まっていったのである。
 川端康成、太宰治、芥川龍之介、室生犀星……なかで芥川のみが〈文豪怪談傑作選〉では未刊であった。
 これには理由がある。私が前に手がけた学研M文庫版〈伝奇ノ匣〉シリーズに、『芥川龍之介 妖怪文学館』という巻が含まれていたからだ。
 とはいえ、同書はとうに品切れで再版予定もなく、昨年『幽』の10号で芥川龍之介特集を組んだときにも、読みたいのに入手できないという問い合わせをいただき、申し訳なく思っていたのである。
 学研版は「伝奇」がコンセプトだったが、今回は「怪談」に主眼を置いて、新たなセレクションで臨もうということで、今年一人目の作家は、すんなりと決定に至った。

 その『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』が、今週の金曜日(7月9日)にいよいよ発売となります。ぜひとも、よろしくお願い申しあげます!


『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』 詳細













東雅夫(ひがし・まさお)
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家。元「幻想文学」編集長、現「幽」編集長。著書に『遠野物語と怪談の時代』『怪談文芸ハンドブック』、編著に『文豪てのひら怪談』など
http://blog.bk1.jp/genyo/







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連載第1回  「妖しき文豪怪談」放映決定!(07.01更新)