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 いよいよ8月に入り、「妖しき文豪怪談」の制作も佳境に入ってきたようだ。
 ドラマ・パートもドキュメンタリー・パートも、すでにほぼ撮影を終えて編集段階に突入中。そして去る3日には、今回のシリーズのプロモーション番組として、NHK総合テレビ(地上波)で放送される「妖しき文豪怪談の魅力」の収録がおこなわれた。
 こちらの番組にはメイン・ゲストとして、怪奇幻想文学にことのほか造詣深い俳優の佐野史郎さんを迎え、NHKきっての日本文学通アナウンサー(卒論は三島由紀夫『豊饒の海』!)藤井彩子さんと不肖小生の3人が、シリーズ本篇の映像を鑑賞しながら感想を語り合う……という趣向である。














佐野史郎さん、藤井彩子さんと共に。暑さで疲弊した顔の筆者


 制作を担当しているTSP(東京サウンド・プロダクション)のスタッフと、事前に打ち合わせをした際、台本を一見するなり……思わず爆笑してしまった。


  しもた屋造りの建物の外観
  軒下に吊るされた鉄風鈴が揺れる
  薄暗い室内の文机に向かって書物を読む東さん、和服
  机には数冊の書物、電球スタンド
 ナレーション)2人を待つこの怪奇な館の主人は文芸評論家の東雅夫。怪談・ホラー・幻想文学のアンソロジストにして、知る人ぞ知る文豪怪談のオーソリティだ。


 し、芝居仕立て、ですか!
 しかも、わわわ、和服……京極夏彦さんのように、ふだんからビシッと和服姿でキメていらっしゃる方を横目に、もっぱら胡乱な服装しか縁のない小生である。
 実家にしまいこんだままの浴衣を取り寄せるやら、角帯を見繕うやら、大あわてで支度を調えたものの、サテ困ったのは着付け。そんな気の利いた嗜みとも、自慢ではないがまったく縁のない小生である。


 そこで天啓のごとく閃いたのが、『幽』や『ダ・ヴィンチ』などのライターとして、日頃からお世話になっている門賀美央子さんのことだった。
 仏教や妖怪からグルメまで守備範囲の幅広い門賀さんは、和装についても詳しく、みずから着付けもなさることを、たまたま存じ上げていたのである。
 しかも小生が監修した『クトゥルー神話の謎と真実』のときには、佐野史郎さんへの巻頭インタビュー取材を担当していただいた御縁もある。
 せっかくだから取材も兼ねて、撮影に立ち合っていただけないかと打診したところ、急な依頼にもかかわらず御快諾をいただくことができた。ラッキーである。


 かくして、とんとん拍子に準備は進み、迎えた当日。
 現在は貸しスタジオとして利用されている、都内某所の古い日本家屋に到着すると、炎暑のなか、スタッフが撮影準備に追われていた。
 なるほど「怪奇の館」と呼ぶにふさわしい、好い感じに古びて曰くありげな建物である。
 聞けば、この界隈には、かつて花街もあったとか。
 艶っぽい女霊が、廊下の奥に悄然とたたずんでいるのは大歓迎なのだが……真に怖ろしいのは、なにぶん年代ものの建物ゆえ、冷房の利きがイマイチなことだった。


 控え室はまだしも、撮影場所となる広間は黒シートで窓が遮蔽され、要所に大きな和蝋燭が煌々と灯され、しかも撮影中はエアコンも「微風」設定となる(音響上の問題)ため、カメラが回って5分もすると、汗かきの小生など額から汗の雫がポタポタしたたる惨状に。
 それに引きかえ、さすがに長年現場で鍛えていらっしゃる佐野さんと藤井アナは、最初のうち涼しい顔をしていらしたが、それでも午後に入ってから(撮影は朝の10時から夕方5時までの長丁場となった)は「暑い暑い……」と連呼される情況となり、シーンごとの小休止のたびに、涼を求めて控え室へ逃げ込む仕儀と相なった(その間も現場に居続けの撮影スタッフの皆さんは、もっと大変だったわけで、本当にお疲れさまでした!)。


 そんな過酷(!?)な現場ではあったが、トーク自体は実に愉しく、かつ有意義なものとなった。
 特に佐野さんの、ドラマ各篇に対する熱烈なリアクション、入れ込みぶりが素晴らしい。
 なにより開口一番に発せられた、「なんでオレが出演していないのか!(笑)」というひと言が、すべてを表わしているだろう。
 たとえば『片腕』の主人公を、佐野さんが演じられたとしたら……平田満さんの名演とはまったく持ち味の異なる怪(快)作が誕生したことだろうが、それはさすがにNHKではちょっと!?


 ……などと収録中も収録の合間も談論風発、『片腕』を語ってレ・ファニュの「白い手の怪」や小泉八雲の「因果話」まで暴走しまくる怪奇幻想文学オタクな両出演者に煽られたかのように、ついには藤井アナまで、高校・大学時代に三島由紀夫や太宰治はもとより、澁澤龍彦やW・W・ジェイコブズの「猿の手」を愛読されていたという秘められた(!?)過去をカミングアウトされて、大いに盛り上がったのであった。
 果たして、どのような番組に仕上がっておりますか、NHK総合テレビで8月11日(水)25:00(つまり12日の午前1時ですな)から予定されている放送を、23日にBShiで始まる本篇ともども、ぜひ御注目いただきたいと思う。




















東雅夫(ひがし・まさお)
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家。元「幻想文学」編集長、現「幽」編集長。著書に『遠野物語と怪談の時代』『怪談文芸ハンドブック』、編著に『文豪てのひら怪談』など
http://blog.bk1.jp/genyo/







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