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ちくま文庫「文豪怪談傑作選」がドラマ+ドキュメンタリー化!
※NHK−BShi 8月23日〜26日まで四夜連続(22:00〜23:00) 公式ホームページ
シリーズの今年の内容紹介、および、ドラマの製作秘話など、
コアな情報を週刊でお届けします。


<更新予定>
・7月第1週〜8月第4週、木曜日or金曜日(8月第2週はお休み、全7回)
第1回  「妖しき文豪怪談」放映決定!(07.01更新) 記事はこちら▼
第2回  『芥川龍之介集』まもなく発売!(07.08更新) 記事はこちら▼
第3回 落合正幸監督と「片腕」を語る(07.15更新) 記事はこちら▼
第4回 日本近代文学館の芥川文庫をめぐって(07.22更新) 記事はこちら▼
第5回 『幸田露伴集 怪談』スタンバイ!(07.30更新) 記事はこちら▼
第6回 「妖しき文豪怪談の魅力」出演記(08.06更新) 記事はこちら▼


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週刊文豪怪談 連載第7回 幸運なるシリーズ
東 雅夫


 お盆で一週お休みをいただいたこの連載だが、その間に「妖しき文豪怪談の魅力」が地上波で放送され、いよいよ23日からの四夜連続放映に向けて盛り上がってきた。
「雰囲気のある良いお住まいですね、うらやましい」などと、上記番組の放送終了後、幾人かの方からお声がけをいただいたのだが、この連載をお読みの方は御承知のとおり、収録場所はロケのための貸スタジオであり、断じて拙宅ではない。
 あのような趣ある日本家屋の幽暗な和室に端座して、心静かに執筆に専念できたら、さぞかし仕事もはかどることだろう……いや、かえって気が散ってしまうだろうか!?


 ちなみに番組の冒頭近く、小生がひとり書見しているシーンで、机上に積みあげられた書物は、すべて小生が持参した私物である。
 手前にチラリと映っていたのは、博文館版講談文庫の『怪談集』(明治四十四年刊)、手元で繙いていたのは室生犀星の『天馬の脚』(改造社・昭和四年刊)だ(ほかにも怪談会にちなんで、鏡花の「吉原新話」が掲載された『新小説』明治四十四年三月号やら、「幽霊と怪談の座談会」所収の『主婦之友』昭和三年八月号やらを並べておいたのだが、画面では視認できませんな)。














手前が『怪談集』、奥が『天馬の脚』。『怪談集』カバーの鮮やかなこと!


 なぜ『怪談集』を選んだのかというと、刊行がちょうど約百年前で、いかにも「文豪怪談」にふさわしい時代なのと、小生架蔵の本が、おそらく刊行直後に所有者手作りの保護紙で覆われたせいか、カバーが新品同様の状態で保存されていたことによる。
 外函以上に劣化破損に見舞われやすいのが表紙カバーで、一世紀を経てこれほど良好なコンディションの古書にお目にかかる機会は、なかなかないものだ。
 よくぞ、こんな善本が、驚くほど安価に転がり込んできたものよ、と入手当時、驚いた記憶があるが、まさか、このような形で活かされる日が来るとは……怪談と古書の神様に更めて感謝を捧げたい心境である。


 一方、文芸評論から園芸をめぐる随筆、人物評、果ては短歌、俳句に至るまで、犀星小品の博覧会といった趣がある大冊『天馬の脚』(ウェッジ文庫で復刊あり)には、「『童子』の庭」と題する随想が含まれている。


「亡児と『庭』との関係の深さは『庭』へ抱いて立った亡児の俤は何時の間にか竹の中や枇杷の下かげ、或は離亭の竹縁のあたりにも絶えず目に映り、自分を呼び、自分に笑いかけ、自分に邪気なく話しかけ、最後に自分の心を掻きむしる悲哀を与えるものだった。」


「事実自分の妙に空想的になった頭の内部には、それらの庭の光景は亡き愛児の逍(さまよ)ふ園生のように思われ、杖を曳いた一人の童子を何時も描かない訳にはゆかなかった。」


 ……「童子」と「後の日の童子」(共に『文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子』所収)執筆の苦渋に満ちた背景の一端を明かすとともに、両作に占める「庭」の重要さを実感させる一文である。
 ちなみに是枝監督による今回の「後の日」でも、此岸と彼岸の境界領域というべき「庭」と緑蔭のたたずまいが、まことに印象深く描き出されていて必見である。


 ところで「妖しき文豪怪談の魅力」に続いて、この週末に同じくNHK総合で放送された「日本怪談百物語~その弐」という番組がある。
 ベテランから新進まで十名の俳優さん女優さんたちが、古今の名作怪談全百話を朗読するという、こちらも「妖しき文豪怪談」に劣らず思い切った番組で、昨年放送された一回目の好評をうけて、今年パート2が制作されることになった。
 実はこちらにも小生、監修的な役まわりで今年から参画していたのである。
 夏目漱石の「夢十夜」から「第三夜」、泉鏡花の「鰻」、川端康成の「心中」、萩原朔太郎の「死なない蛸」といった文豪怪談の数々を、今年は実験的に紛れこませているのだが、これが思いのほか好評で、大いに意を強くした次第。


 さるにても、かたや第一線で活躍中の映画監督たちが競作するドラマ+ドキュメンタリー、かたや第一線で活躍中の俳優たちが競演する朗読形式の百物語と、かくも本格的な怪談番組がテレビで放映されるとは、思えば凄い時代になったものだ。
 しかも、『ダ・ヴィンチ』『東京新聞』『産経新聞』等々、「妖しき文豪怪談」の試みに注目する記事も、早くも相次いでいる。
 おそらく今年は、「怪談」というもののイメージが、旧来のそれから大きく変容を遂げる起点の年となるに違いない。
 そして、その際のキイワードのひとつが、他ならぬ「文豪怪談」だろうと小生は思っている。


「文豪」という言葉をアンソロジーに冠した企画には、鈴木貞美氏の編纂による『文豪ミステリー傑作選』(昭和六十年・河出文庫)という優れた先例があるけれども、「文豪怪談」まで絞り込めば、言い出しっぺは小生と申しあげてもよかろう。
 出版物とは桁外れな数の視聴者に届く公共の電波にのせて、こうして「文豪怪談」という言葉が伝播してゆく瞬間にリアルタイムで立ち合えたのは、アンソロジストとして幸運というほかはない。


 いや、幸運といえば、そもそもこの〈文豪怪談傑作選〉というシリーズは、編集Kさんに始まり、装画の金井田英津子さん、カバーデザインの山田英春さん、そして「妖しき文豪怪談」のプロデューサーであるNHKエンタープライズの浜野高宏さんや、『幸田露伴集』の註釈を監修していただいた立原透耶さん等々、それぞれの分野で一騎当千の皆さんを図らずもその磁場へと引き寄せ、本当に良いお仕事をしていただいている幸運なシリーズであると……いつのまにやら十五巻にも達したラインナップを眺めながら、しみじみ思う。
 まあ、例によって、シリーズの今後は今季の売れ行き如何にかかっているわけで、ぜひとも倍旧の御支援をお願いしたいと、切に希(こいねが)う次第である。


 ……と、まあ、すっかり最終回のつもりでここまで書いていたら、編集Kさんからツッコミが入った。
「あのー、『妖しき文豪怪談』各篇について、放送終了後にヒガシさんのコメントをいただいたら、もっと盛り上がるんじゃないかと思うのですがー」
 ううう、御説ごもっとも。
 かくして、もう一回だけ、この週刊連載は続きます!


東雅夫(ひがし・まさお)
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家。元「幻想文学」編集長、現「幽」編集長。著書に『遠野物語と怪談の時代』『怪談文芸ハンドブック』、編著に『文豪てのひら怪談』など
http://blog.bk1.jp/genyo/







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